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第2話
ここで普通なら逃げようと思うだろう。けれどやはり、僕は彼を愛しているのだ。束縛するなら一生束縛してよ。どうして途中で僕を投げ出したの?
それから僕は二度目の二年間を、より恋人に甘えて過ごした。もう捨てられたくなかった。
彼の手の上で転がされるかわいい子を演じていれば捨てられないはずだ。
ただ一つ違うのは、恋人のスマホにこっそり追跡アプリを入れたこと。これで彼が変化したら、すぐにわかる。僕も気づかれないように、そっと君を監視して束縛する。
そして、もうすぐ彼が突然仕事を辞めた時期になる。けれど彼は変わらず僕に愛を囁き、浮気の影はなく、一人ではどこにも行くなと家の中に閉じ込めている。何かあるとすれば、この一週間だ。
「……ん? 病院に入った? 体調悪かったっけ?」
GPSが総合病院を指した。でも帰ってきた彼は病院に言っていたなど言わず、いつも通りだったから僕は追求しなかった。
けれど病院へ行く回数が多くなり、滞在時間が長くなり、彼は突然仕事を辞めた。
当時はどこをほっつき歩いているんだと思ったけど、行き先はいつも病院。
悪い予感がして、病院の受付に彼の事を聞きに行ったけれど、法律上的に彼と他人の僕は、何も知ることができなかった。
彼に問い詰めてももちろん何も言わず、すぐに目をそらして部屋にこもってしまう。彼がいない間に部屋に入って調べたけど、何もわからない。出てくるのは僕との思い出の品だけ。大事に大事に保管している。
「なのに、どうして……」
僕はとうとう彼の後を尾けた。するとやっぱり今日も、彼は病院に向かった。
──あれは、あの日の浮気相手の女の人!?
女の人は医師や看護師ではなさそうだが病院の職員だ。恋人は病院に浮気相手がいたのか。
彼女に会いたいがために仕事までやめて病院に通ったのか?
さすが執着する男だ。
そして、僕はもう用済みなのか。
悔しくて情けなくて悲しい。人は過去に戻っても結局は同じように人生を歩むのか。
僕は大股で二人が寄り添う方へ向かった。
彼と彼女の話し声が聞こえてくる。
「大丈夫ですか? 治療室へ行きましょう」
「すみません。ふらついてしまって。大丈夫ですから。それより、あの事なんですけど、ご無理言います」
「いえ……最後のお願いと言われたら、私も心を動かされました」
足を止める。最後のお願い?
「でも、本当にいいんですか? お相手に本当のことを言わなくて」
「はい。私の恋人はとても繊細な人なんです。昔暴漢に襲われて辛い目にあい、記憶を失くしています。私が病気で死ぬと知ったら、そのショックで事件を思い出すかもしれない。それに私は恋人を最後まで守れると思っていたから、ずいぶんと干渉しすぎました。でも恋人はもう大人だ。ちょうど離してやる時期だったのかもしれません」
……なに? なんの話をしているの?
暴漢? 記憶? ……そんな覚えのない事よりも、彼が病気で死ぬ??
「愛しすぎて、全ての危険から恋人を守りたかった。でもそれで恋人を鳥籠の鳥にしてしまいました。だから私が生きているうちに羽ばたかせてやり、そっと見守りたいんです。死んでからでは遅いから」
わからないよ。ねぇ、君は何を言ってるの?
「でも私との浮気のお芝居を見せるなんて、それもショックを与えるのでは?」
「そうかもしれませんが、私の死を見るより、憎んで嫌いになる方が楽だと思います……それならば新しい恋もできるでしょう。ああそうだ、私と別れた恋人に、彼を守れる人をご紹介くださる約束、忘れないでください」
新しい恋? 僕を守る人を紹介?
僕の眉根はどんどん寄る。
彼は女性に話し続けている。
「彼に紹介する時は、さり気なくお願いしますね。恋人はここ何年も私以外と外に出ていなかったから、驚かせないように、優しく声をかけて。ああそうだ。恋人は甘いものが好きなんです。声をかけた後は美味しいケーキの店へ連れていってあげてください。きっと喜びます」
「――そんなのいらない!」
まだ全容は見えないけど、僕は大声を出して彼にぶつかっていった。
彼は落ち窪んだ目を見開き、息を止める。
「……どうしてここに」
「尾けてたんだ。追跡アプリをつけて、見張ってた。君が好きだから」
それなのに、僕は彼の「本当」を見なかった。自分が振られないことばかりに必死になって、一番近くにいたのに彼の病気に気づかなかった。
彼がこんなに痩せていたのにも気づかないで。
「僕はどこにも行かない。最後まで君のそばにいる。ずっと、君が作ってくれた安全な鳥籠の中にいる!」
人目もはばからず、骨が浮いた体にしがみついてわあわあ泣く。
彼も泣いて、女の人も泣いて「私がお二人をサポートしますから、今まで通り二人で暮らしてください」と言った。
彼女は病院のソーシャルワーカーさんだった。
その後、彼はアパートで訪問診療を受け、僕はずっと彼のそばにいる。顔色がいい日もあるけど、死を覚悟する日もある。
「本当にこれで良かったのか。遺して逝くのが心配だ」
「遺して逝かないで。君が死んだら一緒に行くよ。生涯一緒だと約束したでしょう?」
「……死ねないな」
彼が笑う。
こう言って、僕には後を追う勇気はないし、彼もわかっている。
でも僕は誓う。
人生ある限り君を愛し抜き、人生を終えたら君の魂を探すと。
物理的に離れても、僕らの心は永遠に一緒だ。
あとどれくらい一緒にいられるのかわからない。医師が言ったリミットはもう過ぎている。
そして今日も僕は、君が稼いで貯めてきてくれたお金でネットで買い物をして、ずっと家にいる。ずっと君のそばにいる。それで君が幸せそうに笑ってくれるのが嬉しい。
「愛してる。永遠に君を愛してる」
僕と彼の声が揃った。
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