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第14話 饕餮の提案
蜜梨を抱える饕餮の手が、顎や体を這いまわる。
ゾワゾワして、くすぐったい。
『私は蜜梨の魂に絡まっているんだ。体で抱き合う以上に深いまぐわいをしているんだよ』
秘果の手が伸びて、饕餮の首を掴んだ。
「ふざけるな。それ以上、蜜梨ちゃんを辱めるなら、この場で祓ってやる」
秘果の顔が険しくなり、指に力が籠る。
白い神気を纏った指が、饕餮の首に食い込む。
「ぅっ……、ぁ……」
途端に苦しくなって、蜜梨は声を上げた。
まるで自分が首を絞められているように、苦しい。
「え? 蜜梨ちゃん?」
秘果が咄嗟に手を緩めた。
「ぅっ、げほっ……、はぁ……」
秘果の手が緩んだら、息ができた。
『わかったか? 魂が絡まるとは、こういうことだ』
饕餮が得意げな顔をする。
秘果が悔しそうに唇をかんだ。
『だが、残念なことに、今の私では具現化して蜜梨を揶揄う程度の力しかない。凶や聖を喰らえば力も戻るが、蜜梨の神力と、常に流れ込んでくる秘果の神力ですぐに祓われる。この状態では元の姿にすら戻れない』
「お前の言葉が総て事実とは限らない。お前は俺に嘘を吐いた」
秘果が饕餮を睨みつけた。
確かに昨日は、蜜梨の体が凶に浸潤されていると嘘を吐いて秘果の浄化を止めさせていたが。
「大丈夫、秘果さん。今の言葉は嘘じゃない」
空咳をしながら、蜜梨は饕餮を振り返った。
「魂が絡まってるから、何となくわかる。嫌だけど」
『一言、多いな』
「お前もな! お前の場合、一言も二言も多いわ!」
饕餮が得意げに蜜梨を見下ろした。
『多いついでに、私が噓吐きでない証明をしてやろう。秘果、蜜梨はネコ希望だぞ』
「は?」
驚きすぎて動きが止まった。
目の前の秘果も表情が止まっている。
『自分がゲイかわからないとか思っているが完全にゲイだし、むしろ桃源にいた頃の感覚が強く残っているから現世の性嗜好に違和感があったらしい。常に受け目線だし、体はネコ待機状態だ。現に何度か自分で後ろを……』
「待て! 待って! ストップ、そこまで! それ以上、言ったら心中してやる!」
蜜梨は慌てて振り返り、饕餮の首を絞めた。
「ダメだよ、蜜梨ちゃん! 落ち着いて! また蜜梨ちゃんが苦しくなるから!」
逆に、秘果に止められた。
後ろから秘果に抱きしめられた。
「大丈夫、俺、タチだから。竜は基本、抱く側だから。蜜梨ちゃんに応えてあげられる」
耳元でとんでもないことを囁かれて、力が抜けた。
秘果の目がちらりと饕餮に向いた。
「ちなみに、蜜梨ちゃんは、まだ誰とも……」
『蜜梨は童貞で処女だ。つまらん男に抱かれぬよう守ってやったぞ、感謝しろ』
饕餮が自分事のように言い切った。
秘果が安心の息を漏らした。
「お前が守った訳じゃないだろ。……でも、そういう情報をくれるなら、饕餮の存在もちょっとだけ許せる」
「待って、秘果さん、何、言ってるの?」
曲がりなりにも桃源のトップになる竜が私利私欲で凶の存在を容認してはいけないだろう。
それ以前に、とんでもない情報をばらされた蜜梨としては安心できないし、居た堪れない。
『現世で蜜梨がどんな生活をしていたのか、教えてもいいぞ。桃源から墜ちた後、二百年程度は土に埋まっていたが、その間に体が幼児に退化した。偶然、発見した人間に保護されて児童養護施設とかいう場所で育った、とかな』
「その辺りは、詳しく聞きたい」
秘果が、ノリノリだ。
『施設の女子の影響でBLにハマってからは、趣味はBLだけだったな。猫又という作家の漫画と絵が好きだ』
「それは知ってる。俺が出会う前の蜜梨ちゃんの、人に言わないような話を……」
「待って、秘果さん、ストップ。そういうのは俺がちゃんと話すから。これ以上、饕餮のペースに流されないで!」
思わず秘果の腕を掴んで引っ張った。
我に返ったような顔をして、秘果が蜜梨を振り返った。
「あ……、ごめん、つい。俺が知らない蜜梨ちゃんを知りたい欲が止められなかった」
『蜜梨が自分から話さなそうなプライベートなら、いくらでも教えてやるぞ。思考から行動まで、全て知っているからな』
饕餮の言葉に、秘果がごくりと喉を鳴らしている。
思いっきり誘惑されている。
蜜梨としては、大変複雑な気分だ。
「これ以上、秘果さんを誘惑するな。お前、何しに出てきたんだよ。俺を揶揄いに来たわけ? 何もできない腹いせに、苛めに来たわけ?」
饕餮の胸を、ポカポカ殴る。
ずっと楽しそうにしている饕餮が腹立たしい。
『取引を持ち掛けに来たのだ。私とて、死にたくはない。お前たちにとり役立つ存在であれば、私に利用価値が生まれるだろう』
蜜梨と秘果は顔を見合わせた。
「それが俺の秘密の暴露? 祓わない代わりに秘密を教えるとか、そういうこと? 秘果さんを元凶とかいうのにして、桃源を乗っ取りたかったんじゃないのかよ」
凶を統べる長たる元凶になれとか、秘果を誘惑していた気がする。
『他の凶どもに邪魔されず食える国が欲しかっただけだ。秘果が麒麟に進化する前に、元凶に堕として手中に収めれば、それも叶う。が、状況が変わったのでな。別の生き方を考えた』
何とも切り替えの早い話だ。
発想の転換の器用さに感心する。
『折角、蜜梨と魂が絡まっているのだ。秘果が誰より愛する蜜梨を使わん手はないだろ』
「結局、俺を利用すんのかよ。これ以上、俺の私生活を売り物にするな」
意識すらしていないようなプライベートを暴露されるのは、辛い。
蜜梨は顔を両手で覆った。
『まぁ、聞け。お前たちにとり、悪い話じゃない。特に今の蜜梨は神力が戻りきっていない。大きな凶に襲われれば、死ぬ可能性も高い。そういう凶は私が喰らってやる』
秘果が目を見開いた。
何かに気が付いた顔だ。
その顔を、饕餮が満足そうに眺めた。
『私が凶を喰らえば蜜梨の中で浄化される。私は今以上にはなれん』
「浄化しきれない程、お前が凶を喰らえば蜜梨ちゃんが食い潰される」
『それは不可能だと、お前が一番よくわかっているだろ、秘果』
饕餮に指摘されて、秘果が言葉を飲んだ。
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