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第13話 四凶 饕餮
物心ついた時から異性同士の恋愛は違和感だった。
むしろ男同士のほうが普通に思えた。
現世の世間は『セクシャリティは人の数だけある』というけど、まだまだ異性間の恋愛が一般的で、自分は普通とは違うのだろうとぼんやり思っていた。
だからといって悲壮感とかはなく、自分が好きだと思うモノを好きでいればいいと思った。
だから嗜好がBLに流れたのは自然、自分としては普通だったんだと思う。
BLの商業誌も同人誌も腐るほど読んだ。
自分で絵を書くのも漫画を描くのも好きだ。
だけど、壁になりたいとか空気になりたいとか、そういうのとも感覚が違う。
大好きな作家さんの商業誌も同人誌もグッズも宝物で、確実にオタクだけど。
いわゆる世間一般の腐女子腐男子とは、何となく違う気がしていた。
人外ものに異様にテンションが上がるのも、スパダリ好きも、異世界ファンタジー好きも、今なら理解できる。
「全部、俺自身の趣味嗜好だったんだなって」
ベッドの中でぼそりと呟いて、蜜梨は枕に突っ伏した。
物語として好きなのではなく、実際に自分自身の性癖だっただけだ。
「だって、現世に落ちる前の百年くらいは、俺、桃源で暮らしてたんだ。そういうことじゃん」
現世に落ちる前まで、蜜梨は桃源で生まれ、桃源での暮らしが普通だったのだから。
(人外もの異世界ファンタジーBLの世界観は、俺にとっては普通だったんだ。だから好きだったんだ)
今の蜜梨はまだ記憶が曖昧だ。総てを思い出したわけではない。だが、この世界に違和感がない。
むしろ、帰ってきた安心感さえある。桃源の空気も麒麟の邸宅も、懐かしいと感じる。
(現世に落ちる前の俺と秘果さんの関係を、まだよく思い出せないけど。命を懸けてもいいと思うくらい、大切だったんだ)
凶玉を自分に封じて現世に堕ちるのが、どれだけ無謀で命懸けか、今なら理解できる。
あの時の自分は、死ぬ覚悟だったんだろう。
けれど、秘果への自分の感情が愛情だったのか友情だったのか、もっと家族的な愛だったのか。
その辺りの自分の気持ちは、うまく思い出せない。
(でも、秘果さんは確実に俺のこと、好き……、だよな)
現世まで探しに来てくれて、あれだけ必死に助けようとしてくれて、導仙の印もくれた。
「キス、だって、もう、二回も……」
唇に触れたら、顔が熱くなった。
蜜梨はまた、枕に突っ伏した。
(今の俺は秘果さんを、どう思ってんだろ。好き、なのかな。嫌いではない、絶対に。だけど、結婚できるほど好き、なんだろうか)
導仙は竜のパートナー、いずれは番になる立場だと話していた。
現世よりずっと長い時間を番として過ごせるほど、今の自分は秘果を好きなんだろうか。
(せめて記憶が戻ってくれたら。昔の俺がどう思っていたか知れたら、参考にできるのに)
突然、心臓がドクリと大きく揺れた。
胸の奥が握り潰されたように苦しくなる。
「ぅっ……、なんだ、これっ……」
『記憶が戻った程度では、わかるまい。参考にもならんぞ』
胸の奥から声が響く。
「お前、饕餮、か……」
魂に錆のようにこびり付く凶が振動する。
ふわり、と黒い靄が浮かび上がる。人の形になって、蜜梨を見下ろした。
『これでは秘果も浮かばれぬ。三百年もの長きを探し回り、邪魅や凶が蔓延る現世まで迎えに行き、この私を祓ってさえ、己が想いに気付きもせんのではなぁ』
「気付いてないわけじゃない! てか、何で具現化してんだよ。そんな力ないはず……」
饕餮の顔が近付いて、蜜梨の鼻に口付けた。
蜜梨は、その顔をぼんやりと眺めた。
『なんだ? 色男で見惚れたか?』
「うん、ちょい悪な三十代の攻めっぽいなって。色気あるから相手によっては受けもあり」
『お前、何でもBLに変換するのは如何なものかと思うぞ。私はバリタチだ。受けは有り得ん』
「お前も変換してんじゃん。てか、なんで詳しいの? 四凶でしょ?」
『何故って。三百年もお前の中にいたのだぞ。お前と同じ経験をしているに決まっているだろう』
蜜梨はぱちくり、と目を瞬かせた。
「え? なにそれ、え? じゃぁ、俺が神作品引いて悶えてる時とかも」
『一緒に読んでいたな。好みが同じかと問われると、微妙に違うが』
「なんだよ、それぇ! めちゃくちゃ恥ずかしいヤツじゃん! プライベートナシじゃん!」
『出られなかったのだから仕方なかろう。お前が自分を慰めている時も……』
「言うな! それ以上、言うなぁ! 秘果さん、コイツを今すぐ祓ってぇ」
半泣きになりながら饕餮にクッションを投げつける。
身軽に避けて、饕餮が蜜梨に寄った。
『私を祓えばお前の魂も掻き消える。魂に絡まっているから、こうして姿を現せるが、安心しろ。それ以上の力はない』
蜜梨は、じっとりと饕餮をねめつけた。
『しかし、お前。私の嘘を見抜き凶玉を砕いた時は堂々としていたくせに。部屋が水浸しになった程度で心細くなったり、少し揶揄った程度で涙目になったり。よくわからん質は昔からだな』
饕餮が不思議そうに蜜梨を眺めた。
『妙なところで度胸が良い。凶玉を抱いて現世から墜ちた時もそうだが、腹を括ると大胆で厄介だ』
「お前にとっては、だろ。そんなん、ただの性格だよ。思い切りがいいのは癖というか」
現世で育ててくれた施設長にも、似たようなことを良く言われた。
覚悟が決まると冷静になれるが、それまではウダウダモダモダ考え悩むのが、蜜梨の弱い所だ。
饕餮が、ニヤリと口端を上げた。
『悪いとは言っていない。むしろ可愛いと思うぞ。こう見えて、私はお前を気に入っているんだ、蜜梨。仲良くしようじゃないか』
饕餮が腕を伸ばして蜜梨を抱き寄せた。
後ろから羽交い絞めにして抱き付く。
「嫌だよ、早く祓われろ! お前が俺の魂に絡まっているうちは、俺はいつお前に飲まれるか、わからないんだろ?」
『それが、そうでもない』
蜜梨は饕餮を見上げた。
饕餮が、蜜梨の頬をべろりと舐め上げた。全身に怖気が走る。
瞬間、白い神力が飛んできて、饕餮の頭を掠めた。
「蜜梨ちゃんから離れろ。薄汚い手でそれ以上、触れるな」
鋭い目で睨む秘果を、饕餮が愉快そうに顎を上げて眺めた。
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