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第12話 導仙の印
現世でも聞いた話だ。
神獣とか瑞獣とか、四凶とか、中国の神話だったと思う。
その程度の知識しかない。
なのに、四凶の饕餮と聞いた途端に、血の気が下がった。
(俺は、知ってるんだ。桃源において、それがどれだけ凶悪で、怖い存在なのか。記憶がない時の俺が知ってる)
統治者である麒麟が悪神と呼ぶほどの大凶を、自分の中に封じ込んでいた事実も恐ろしい。
しかし、それ以上に恐ろしいのは。
「そんなヤバい奴が、秘果さんを欲しいって。喰って一つになりたいって、思ってた」
その事実が何より恐ろしいと思った。
「凶は神獣や瑞獣を取り込んで凶悪さを増す。特に饕餮は喰うことで力をつける。秘果は将来、麒麟に進化する黄竜だ。欲しがっても不思議ではないね」
慶寿の言葉に恐怖が増した。
「じゃぁ、俺は、秘果さんの側にいない方がいいんじゃ……」
自分の中に残っている饕餮の欠片が、いつまた悪さをするか、わからない。
離れそうになった蜜梨の体を、秘果が掴んだ。
「嫌だよ。やっとまた会えたのに。もう離れるなんて、絶対に嫌だ」
腕を引き寄せられて、抱きしめられた。
「秘果さん、でも、俺。俺が秘果さんを喰ったりしたら」
さっきだって、凶玉の中の饕餮に流されて、秘果を喰いたいと思った。
あんな風に流されて喰ったりしたらと思うと、怖い。
秘果の腕が、ぎゅっと強く蜜梨を抱く。
離さないと言われているようで、胸が甘く締まった。
「仕方のない子だね。普段は我儘なんか言わないのに、蜜梨に関してだけは、頑固だ」
慶寿が秘果の頭を撫でた。
「心配しなくても、二人はもう離れられない。そうだろう、秘果」
蜜梨を抱く秘果の体が、ビクリと跳ねた。
「離れられないって、どうして、ですか?」
恐々聞いた蜜梨に、慶寿が微笑んだ。
「さっき、神力の受け渡しをした時に、秘果が蜜梨に印をつけたからね。導仙の印は、一度付けると死ぬまで消えない」
「神力の……? あ」
キスで神力を秘果に渡した、あの時だ。
慶寿が蜜梨の耳の後ろを、すいと撫でた。
「黄竜の印が付いた半神を、他の竜は導仙にできない。蜜梨はもう、秘果のモノだ」
自分でも耳の後ろに触れてみる。
触っただけでは、よくわからない。
(痛くもかゆくもなかったから、気が付かなかった。気持ちいいとは、思ったけど)
「勝手して、ごめん、蜜梨ちゃん。でも俺、我慢できなくて。蜜梨ちゃんから、もらってって言われたら、受け取らないわけない」
秘果が顔を赤らめて照れている。
よくわからなくて首を傾げたら、慶寿が説明をくれた。
「導仙の契約は、半神側が神力を差し出して始めるんだ。竜が受け入れると成立する。互いが受け入れると、気が交わっただけで快楽が昇る」
「快楽が……」
呟いたら、かっと顔が赤くなった。
(確かに、めちゃくちゃ気持ち良かった。あの瞬間だったんだ)
「導仙になれたのは、蜜梨にとっても良かったよ。これから秘果に神力を流してもらって、魂にこびり付いた凶を浄化すればいい。導仙になって竜と繋がれば、蜜梨の神力も増える。凶に乗っ取られる事態は回避できるだろう」
そんな風に説明されると、良かったのだと思える。
何より、慶寿が穏やかな表情をしているから良いことなのだろう。
「慶寿様、いつから見ていらしたのですか? 気付いていたなら、もっと早くに来てくだされば、蜜梨ちゃんの中に凶が残ったりしなかったかもしれないのに」
秘果が恨めしい目を慶寿に向けている。
慶寿が困った顔で笑った。
「今の秘果なら、乗り越えられると思って見守ったんだ。それに、たとえ私が浄化したとしても、魂に絡まった凶の一部は残ったはずだ。お前は、よくやったよ」
慶寿が秘果の頭を撫でる。
どこか納得がいかない顔で、秘果が不貞腐れた。
(秘果さん、子供っぽい顔してる。なんか意外かも。慶寿様は秘果さんにとって、お父さんみたいな人なんだな)
そう思ったら、ちょっと可愛く思えた。
「今日から蜜梨は秘果と一緒に、我が邸宅に住みなさい。導仙の修行をしながら、ゆっくり凶を溶かすといい。桃源は現世に比べて時の流れが緩いから、時間はたっぷりと、あるからね」
慶寿に頭を撫でられて、頷く。
自分が異世界に来たのだと、蜜梨はようやく、ぼんやりと実感した。
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