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第17話 可愛い攻め

『ならば、蜜梨を慮って桃源の記憶を話そうか? 例えば……、蜜梨が秘果と初めて会ったのは、蜜梨が瑞希として慶寿に挨拶に上がった時だ。その時、秘果が蜜梨に……むぐ』  秘果が彗星の如き速さで饕餮の口を抑えた。 「その話は、ダメだ。蜜梨ちゃんが覚えていないなら、思い出さなくていい」  秘果が顔を真っ赤にして饕餮を睨んでいる。  饕餮の目が嬉しそうに笑んだ。が、すぐに顔を顰めた。  白い神気が手から溢れている。  饕餮の姿が透け始めた。 「秘果さん! それ以上、神力流したら、饕餮か消えちゃう。俺もちょっと苦しい」  胸の奥が締め付けられるように苦しい。  魂が締め付けられているんだと思った。 「あ……、ごめん。蜜梨ちゃん、大丈夫?」  咄嗟に秘果が饕餮から手を離した。  苦しさが消えて、息を大きく吸い込んだ。 『気を付けろ。私が傷付けば、蜜梨も同じように傷付くのだぞ』 「お前が言うな。なんで、よりによって饕餮と魂が繋がっちゃったんだ」  秘果が蜜梨を、ギュッと抱きしめた。 『総てはお前のせいだろう。自業自得と思え』  饕餮が小さく秘果を諫めた。  秘果が言い返さずに黙った。 「別に、秘果さんのせいって訳じゃない気がするけど……」  何かあるの? と聞く前に、饕餮が別の話題を振った。 『それより、蜜梨。私に名を与えよ』  饕餮が言葉を被せた。 「え? 名前?」 『ああ、そうだ。神力を籠めた名を私に与えれば、先に話した条件での契約が整う。私は蜜梨を傷付けない。私は蜜梨の中で凶を喰う。約束を破れば私が消える』  そういえば契約の話の最中だったと思い出した。  蜜梨は首を傾げた。 「それさ、饕餮は凶を喰う凶なの? 俺の記憶とかも喰うんだよね? 本当は何が主食なの?」  饕餮自体が凶なのに、凶を喰うので良いのだろうか。少し疑問だった。 『私は悪食の大食漢だ。凶でも聖でも記憶でも、財でも人でも獣でも魂でも、何でも喰らう。蜜梨が許すなら、凶以外も喰うぞ』 「今のところ、凶だけでお願いします」  そんなに見境なく何でも食われたら、蜜梨の体が壊れそうだ。 「んー、名前かぁ。秘果さん、何かある?」 「……変態エロ大凶ストーカー、とかかな」  秘果の饕餮に対するイメージの凝集なんだと思った。  眉間にしわが寄った顔をしている。  蜜梨が考えないとダメだと思った。 「名前だからね? 呼ぶんだからね?」  蜜梨は首を捻った。 「そうだなぁ。|蚩尤《しゆう》……、かな。あ、漢字は心に惟のほうがいいかな」  心惟のほうが何となく印象が柔らかくて可愛い。  秘果が驚いた顔で蜜梨を眺めている。  饕餮も、どこか似たような顔で蜜梨を見下ろしていた。 「ん? 変? 嫌なら変えるけど」 「変じゃないけど。蜜梨ちゃん、思い出したわけじゃ、ないの?」 「特に何も……。ただ、何となく」 「……そう、なんだ。……うん。俺は、それでいいよ」  秘果の目が饕餮に向いた。 『私も、それで良い。どうやら少しずつ、蜜梨の魂に記憶が溶けているようだな』  饕餮が蜜梨の頭を撫でる。  揶揄っていた時より、幾分か優しい撫で方だ。 「溶けて……、戻ってるってこと? この名前って」 『時期にわかろう。今は一先ず、指先に神力を籠めろ。そこに名を吹き込んで、私の額に当てろ』  あからさまに言葉を遮って、饕餮が指をさす仕草をした。  仕方なく、蜜梨は真似をした。指先に神力を籠める。 (なんだろう。ダメって訳じゃなさそうだけど、絶対何かあるよな)  納得いかない気分だが、秘果も口を噤んでいるし、今は聞かないほうが良さそうだ。  指先に灯った神力に、心惟の名を籠めた言霊を吐息と一緒に吹きかける。  それを饕餮の額に当てた。 (あれ……、俺、なんでやり方、知ってるんだろう。こんなことが、前にもあった気がする)  蜜梨の神力が饕餮の額に溶けた。 『契約は成った。今日からは|心惟《しゆう》と呼べ。私は、しばらく寝る』  饕餮が姿を消した。  蜜梨の魂の中に戻っていった。   「いやに大人しく引き下がったな。名前、気に入ったのかな」  自分の胸元を見詰める。  名前を与えてからの饕餮が静かすぎて気味が悪い。 「蜜梨ちゃん、あのさ。名前……、どうして、蚩尤を思い付いたの?」  秘果が控えめに問う。  言葉を選んでいる感じだ。 「ただ思い浮かんだだけ、深い意味はないけど。この名前って、何かあるの?」  蜜梨は首を傾げた。  秘果が、思い悩むような顔をしている。 (秘果さんも饕餮も、何か思い当たるような言い方なのに、変にはぐらかす)  秘果と饕餮にとり、気にかかる名前なのかもしれない。  否定はしなかったから、悪いモノではなさそうだ。  蜜梨にとっても、悪い印象の名前ではない。 「俺たちに全く関わりがない名前じゃない。けど、今は……。蜜梨ちゃんの負担になってもいけないから。蜜梨ちゃんが、もう少し桃源について思い出したら、その時、話すよ」  秘果が眉を下げて微笑む。  いつもの優しい笑みだが、どこか引っ掛かる。 「うん、わかった」  何かが胸の奥で、疼いている気がする。  聞きたい気持ちを抑えて、蜜梨は素直に返事した。  秘果の腕が伸びて、蜜梨を抱きしめた。 「それより、いつまた饕餮……、心惟が現れてもいいように、なるべく一緒にいよう。今夜からは一緒に寝よう。一人にしたくない」 「え? 一緒、に? 寝るの?」  さすがに、ちょっと恥ずかしい。 「……俺と寝るのは、いや? 蜜梨ちゃんが嫌がることは、しないよ」  驚いた蜜梨の顔を、秘果が覗きこむ。 (イケメンが可愛い顔でおねだりしている。攻めのおねだり顔、格好良い可愛い。胡伯が見上げてるみたい)    上目遣いが色っぽくて、直視できないのにガン見してしまった。  推し作品の最推しと重なって尊みがヤバい。  こんなおねだりを断れるはずがない。 「嫌じゃない、秘果さんと一緒に、寝たい」  ドキドキしながら、小さな声で返事する。  ニコリと笑顔になって、秘果が蜜梨の鼻の頭にキスをした。 「これからはずっと一緒にいられるね。もう離れないよ、蜜梨ちゃん」  蜜梨の胸に秘果が頬擦りする。  甘えるような仕草が可愛くて、ドキドキが収まらない。 (こんなに好きって思ってくれる。どうして秘果さんは、こんなに俺のこと、好きなんだろう。俺は秘果さんの気持ちに、応えられるのかな)  胸の奥の魂が震えるほど、喜んでいる。  なのに、何かが不安で、何かが足りなくて、蜜梨は素直に秘果に腕を伸ばせなかった。

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