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第30話 瑞希の試練
次の日の朝。
朝食を終えて茶を嗜みながら、秘果が話し始めた。
「それで、蜜梨ちゃんの封印術なんだけど、試練をクリアして能力開花って言うのが、通例でね」
「試練があるんだ」
他の術に比べて重要かつ難易度の高い術なのだろう。
「どの代の瑞希も必ず受ける試練で、そう難しいものじゃないよ。瑞希に潜在的に備わっている能力を引き出すきっかけ作りって感じだから。ただ……」
秘果が言葉を切って、考える顔をした。
蜜梨は秘果の顔をぼんやりと眺めた。
昨夜は話の途中で秘果を抱いたまま眠ってしまった。
いつもとは逆だったが、目が覚めたらいつも通り、秘果に抱かれていた。
秘果の目が少しだけ腫れているのは、蜜梨の前で泣いただけではなく、もしかしたら夜も一人で泣いていたのかもしれない。
その証拠に、封印術の試練の話をする顔が強張っている。
この試練を秘果は受けさせたくないのだろう。そんな顔に見えた。
とはいえ、瑞希に必須の能力らしいから、避けて通る訳にもいかない。
「各国の四獣と五色の竜に挨拶回り。顔合わせしながら各国の四獣からの試練に挑む、というのが慶寿様からのご提案なんだけど」
「四獣ということは、国は東西南北と、中央の五つ?」
この辺りは厨二的な病とファンタジー好きのお陰で知っている。
「うん、そう。麒麟の慶寿様の国が中津国で、今いる国だよ。その周囲に玄武の北国、白虎の西国、朱雀の南国、青龍の東国がある。五竜はそれぞれ、統治者の四獣に仕えてる」
その辺りは、お約束のパターンだと思った。
(よく考えたら俺の瑞希って設定も、中々に厨二くさいよな。国を巡るのも修行の旅っぽい。チュートリアルを終えて物語が始まるっぽい)
こんな風に考えられるようになったのも、心に余裕が出てきたからだろう。
桃源に来てすぐは、饕餮を祓ったり、神力を増やしたりと目まぐるしくて余裕なんかなかった。
「試練には俺も同行するよ。蜜梨ちゃんは俺の導仙になってくれたから、今回はその紹介も兼ねているんだ」
「挨拶回りって、そういう意味なんだ。良かった。一人で行くとしたら泣くなって思った」
「一人でなんか行かせるわけないよ。竜と導仙はセットだからね。蜜梨ちゃんが桃源に戻ったら、絶対に俺の導仙にするつもりだったけど。戻ったその日に蜜梨ちゃんから神力をくれたから。本当に嬉しかった」
秘果が蜜梨の額にキスをした。
あの時は凶玉を何とかしようと思っただけで、導仙になるつもりで渡した神力ではないのだが。
(|半神《俺》から神力を渡すのが導仙の契りだなんて、知らなかったしなぁ。けど、気持ち良くなったから俺も無意識で受け入れたんだろうな)
契りを交わして互いに受け入れると、快楽が昇ると慶寿が教えてくれた。
(別に嫌じゃないし、秘果さんの導仙になれるのは、嬉しい。好きって言えなくても、自分のモノだって思ってもらえるから)
記憶を取り戻さないと決めてからも、秘果に好きと言えない。
言えるだけの想いはあるのに、どうしても思い切れない。
(一緒に寝るのも、抱きしめてもらうのも、キスするのも嬉しいのに。たった一言を伝えられないのは、何でだろう)
自分でもわからないのに、今の状態で秘果に好きだと告げるのは、とても無責任な気がする。
漠然とした不安が拭えないままだ。
蜜梨は秘果の手を、そっと握った。
「蜜梨ちゃん? どうしたの? 不安になった?」
秘果が、蜜梨の手を握り返す。
その仕草が嬉しくて、胸が甘く締まる。
「秘果、俺……」
「……うん」
蜜梨が黙っても、秘果は静かに言葉を待ってくれる。
それが申し訳ない。
「頑張るから。頑張って瑞希になるから。側に、いてね」
やっぱり、決定的な言葉は言えなかった。
「当たり前だよ。絶対に離れたりしない。だから蜜梨ちゃんも、常に俺だけを求めてね。俺から離れちゃダメだよ」
「……うん。わかった」
期待する言葉を蜜梨が言わなくても、秘果は優しい言葉を返してくれる。
献身的な愛を注いでくれる秘果に、伝えるべき言葉を言えない自分が歯痒い。
(せめて秘果を泣かせないように、頑張ろう。離れないし、悲しませない。記憶も極力、取り戻さない方向で)
そう考えて、ふと思った。
(俺の魂に心惟が絡まってたら、不可抗力で思い出すんじゃ……。いや待て、俺の記憶は心惟が食ったんだから、心惟に頼んだら戻らないように何とかしてもらえるのでは?)
魂が絡み合っているから、いずれ記憶が沁み込んで戻る、と心惟は話していたが。
(心惟に相談してみるか。そういえば、心惟はこのままでいいのか?)
魂に心惟が絡まった状態で瑞希の儀式とやらに望んで良いのだろうか。
そもそも、蜜梨の神力が充分に戻ったら、心惟を祓う。そういう契約だった。
「あのさ、心惟はどうなるの? 神力、増えてきたけど、まだ祓わなくていいんだよね?」
心惟の凶は魂に絡まっているから、すぐには祓えない。
しかし、秘果も慶寿も積極的に心惟を祓おうとしていないと思う。
「そうだね。心惟は四凶に数えられるほどの大凶だし、蜜梨ちゃんの魂に絡まっているから、もう少し時間をかけて丁寧に祓わないとね」
「そっか……」
良かった、と続けそうになって、言葉を飲み込んだ。
あまり心惟を歓迎すると、秘果が怒りかねない。
「それにね、心惟にはしばらく蜜梨ちゃんの側にいてもらったほうが、いいと思うんだ」
「え? いいの?」
秘果から心惟を肯定する発言が飛び出して、驚いた。
「蜜梨ちゃんを依代にしている心惟は、蜜梨ちゃんを殺さない。むしろ全力で守る。ある意味、最強の守護者だからね」
「それは、そうかもね」
四凶の饕餮が蜜梨を守ってくれるのは、かなり心強い。
「契約したの、慶寿様にバレちゃったんだ。けど、慶寿様からも許可は頂けた。俺より柔軟に受け入れてくれているから、問題ないよ」
「じゃぁ、瑞希の儀式の時に、俺の中に心惟がいても、大丈夫?」
「慶寿様は、問題ないって話していたよ」
「そっか、良かった」
少し前に慶寿と話した時に、契約についてバレているのも、受け入れてくれる素振りも見ているから、知っている。
あの時の慶寿も、さほど問題にしている様子ではなかった。
(慶寿様から秘果さんに話してくれて良かった。何となく仲良くなってきたし、すぐにお別れは、ちょっと寂しい)
蜜梨にとっては、この桃源で腐談義ができる貴重な腐仲間だ。
秘果より腐男子目線の話ができるし、遠慮なく話せるのが気楽だ。
だからその先の、四凶饕餮として祓う瞬間を、今は考えたくない。
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