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第33話 四面の扉
次の日、蜜梨たちは東国に旅立つことになった。
どれくらいで着くのか、滞在はどのくらいかなどの情報を貰っていないが、準備は軽装で良いらしい。
(ここって、つまりは異世界だから車とかないだろうし、移動は徒歩? 馬車? まさか、竜になった秘果に乗ってくとか?)
等々、考えていた蜜梨が連れてこられたのは、麒麟の邸宅の別棟だった。
敷地の中央付近に小さくて高い塔があるな、といつも何も考えずに眺めていた場所だ。
「入り口が、狭くて入りづらいんだけど」
と言いながら、秘果が足元の穴を指さした。
ペット飼育OKの物件にある猫の出入り口みたいだなと思った。
「え? ここに入るの? なんで?」
「この中に扉があるから」
「扉? 何の?」
「東国に行く扉だよ」
よくわからなくて、首を傾げる。
同じように秘果が首を傾げた。
「移動って、扉?」
「そう。中津国には、それぞれの国に行ける扉が備わっているから、ドアを開けたら東国に行けるよ」
「ネコ型のロボットが出してくれる、どこにでも行けちゃうドアみたいだね」
考える顔をしていた秘果が、気付いた顔になった。
「似てるね。持ち運びできないし、ドアの向こうは指定されちゃってるけど」
「それでも、便利だね」
「中津国にしかない扉だけどね。だから各国からも中津国にだけは扉を開けるだけで来られる」
なるほど、軽装で良い理由が分かった。
「にしても入口、狭すぎじゃない? 物理的に入るの無理な気がするんだけど」
「大丈夫だよ。こうして手を翳して神力を放出すれば、吸い込んでくれるから。入る時、ちょっと体が変な感じするんだけどね」
ぼんやりと不安になる言葉だなと思った。
秘果に倣って、手を翳す。
「蜜梨ちゃん、あのね」
秘果が、蜜梨の手を握った。
「慶寿様が今回の試練を提案なさったのは、蜜梨ちゃんの本心に気が付いていたからだと思うんだ」
「そう、なのかな」
前に話した時、慶寿は「邸宅で修練を続けて、儀式に望んでもいい」と話していた。
(でも、最終的には俺次第って、言っていた)
もしかしたら慶寿は秘果と同じように、蜜梨の本音を知りたかったのかもしれない。
(俺が本音を言わないから、こういう機会を敢えて作ってくれたのかな)
嫌なら断ればいいように、選べる状況を提示してくれたのだとしたら。
慶寿にも秘果にも、気を遣わせた。
「慶寿様も秘果も、俺の気持ち、考えてくれたんだよね。ありがと」
「同じ間違いはしたくない。俺も慶寿様も同じ気持ちだから。蜜梨ちゃんにはもっと、自分の気持ちを優先してほしいんだ」
秘果の言葉に、咄嗟に返事が出来なかった。
蜜梨としては意識して周囲を優先しているつもりはない。
(でも、言われてみれば現世でも、周囲の意見を優先して考えていたかもな)
場が上手く纏まるように、相手がしてほしいことを先読みして、自分の希望は後回しにする。
自分の中で当然すぎて、違和感すらなかった。
(秘果の話じゃ、桃源にいた頃からみたいだし、元々そういう性格なんだろうな)
他人と一定の距離を保って生きている時は、それで問題なかった。
(でも今は、違う。秘果も慶寿様も、俺の気持ちを考えてくれるくらい、近い相手だ)
今までにない感覚が、くすぐったくて照れ臭い。
「なんだか、家族みたいで、こそばゆいね」
照れ隠しに笑ったら、がっつり顔を掴まれた。
「俺は恋人だよ。いずれ家族になるけど、今は恋人でしょ? まさか兄とか思ってないよね?」
秘果の顔が本気だ。
蜜梨は必死に頷いた。
頼れる兄的存在だとは思っているが、秘果のことは恋愛的に好きだ。
「恋人って、思ってる。秘果が好きだし、番になりたい」
「良かった。それ、廻る国、全部で話してね」
顔を引き寄せられて、触れるだけのキスをされた。
「特に南国では百億回、言ってほしいな」
「え? 南国? 百億?」
「それはまた、行く前に話すね。今日、向かうのは東国だから、気楽にいこうね」
困惑する蜜梨の手を握って、秘果が入口に手を翳す。
「じゃ、神力を籠めて」
言われた通り、神力を籠めて、入り口に放つ。
小さな穴から光が漏れて、蜜梨と秘果の体を包んだ。
「え? ぅわ!」
強い力で引っ張られたと思ったら、狭い部屋の中にいた。
部屋の四面に、それぞれ扉があった。
「なんか、体が、ぐぎってなった」
関節がおかしな方向に曲がった気がする。
「そうなんだよね。それさえなければ、便利なんだけどね」
笑いながら、秘果が青い扉に手をかけた。
「じゃ、行こうか。青龍・藍然様が統べる東国、春の国へ」
開いた扉の向こう側には、うららかな春の草原が広がっていた。
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