1 / 3

第1話 ありふれた表現

 ありふれた表現でしかないが、こう言うしかない。  あのとき、俺は酔っていた……そう、あまりにありふれた表現ではあるが、あのとき俺は酔っていたとしか、今となれば言い様がないのだ。  ーー大学生。地方から都会に出てきて、一人暮らし。そして二十歳の誕生日。  この三拍子が揃えば、やることは一つだと言っても過言ではない。 「よっしゃ! はっぴーばーすでー。春の二十に乾杯!」 「ありがとう。かんぱ~い」  カチン、と缶同士がぶつかる音が六畳の部屋に響く。どこか手が震えているような気もしながら、プルタブを開け、チューハイを一口流し込んだ。苦いような酸っぱいような、なんとも言えない味が舌に広がる。 「うーん」 「どう、うまい?」 「別に好きではない、かも」 「まぁ、初めはそうかもなぁ」    隣に座っている男は、俺とは反対に一気にぐびぐびと飲み干していく。成人しているとはいえ、彼は高校卒業と同時に呑み始めたらしいので、俺とは歴が違うのだ、歴が。  たまたま同じ学部で、外国語の授業で隣になっただけ。でも初日からなぜか馬が合って、こうして俺の二十歳の誕生日に居合わせるまでになった。黒い切れ長の目に、高い鼻。そしてくっきりとしたフェイスライン。おまけにスタイルも目を疑うほどいいと来ている彼ーー斎藤 伊吹は立っているだけでその場の空気が変わるほどのルックスの持ち主だ。実際二人で歩いていると女の子の逆ナンなんて日常茶飯事だったし、モデルや俳優のスカウトだって片手では数えきれないほど受けているらしい。  おまけにコミュ力も高くて交友関係もびっくりするくらい広いし、仕事も早くて成績までいいときた超ハイスペック人間だ。もはや嫉妬の感情すら湧いてこない。二物を与えないらしい神を信じられなくなるくらいだ。  どうして並外れてイケメンな伊吹がなんにもない俺と仲良くしてくれているのかはいまいち分からない。彼女だってできてもおかしくないはずなのに作らないし……え、ほんとにいないよな? 聞いたことないよな? やばい、考えれば考えるほどこいつに彼女がいないのが信じられなくなってきた。  思わず横目で伺うと、なに? とでも尋ねるように伊吹は少し首を傾げた。くそっ、そういう姿もいちいち様になっている。   「お前はそんな呑んでよく酔っぱらわんよな」 「まぁな。こんなチューハイ一缶じゃさすがに。どうよ、なんか酔っぱらってきた感じとかしてる?」 「うーん。今のとこ分からん」  そう。ひとまずちびちびと飲んで三分の一くらいは減ってきてはいるものの、まだ酔うという感覚までは分かっていない。  謎の生真面目さを発揮して今日まで一滴も飲まずに来たんだ。そうそう酔っぱらってたまるものか。親も普通に強かったはずだし。  ぐいっとペースを上げると、何が面白いのか伊吹は爆笑した。出会って二年。いくら馬が合うとは言ったものの、こいつのツボはいまだによく分からない。 「お前、ちょっと顔赤くなってきてんぞ」 「マジ? まだ自分じゃなんも感じてないけど」 「案外弱いかもなー。今まで酒飲んでなくて良かった説普通にある」 「えぇ……」  たった数%の低い度数の酒だ。こんなので酔うとも思えないし、実際伊吹は顔色一つ変えていない。何より自分ではまだ何も感じていないのだから、普通に部屋が暑いだけか、今の雰囲気にテンションが上がっているだけだろう。  ゲラゲラと隣で笑い続ける伊吹を横目に俺は飲み干した。その様子を見て伊吹はまた笑い転げる。綺麗なセンター分けの髪が崩れてもおかまいなしだ。  そんな彼を見ていると、何も考えずとも先ほどの疑問が口をついて出た。 「そういえば伊吹ってさ、なんで彼女作んないの? お前ならさ、死ぬほど可愛い子とかからもめちゃくちゃ誘われてるんじゃないの?」 「え~、まぁでも? 春といて楽しいし? 今も充実してるし。別に彼女なんかいいかな~って」 「うわ~」 「お前が聞いたんじゃん」    思っていた以上の回答に思わず露骨に顔に出てしまった。  そうだ。コイツモテるから、逆に今作らなくてもいつでも好きなときに自分のタイミングで彼女くらい作れるんだ。 「あと、普通にもう女の子怖いっていうか」 「怖い?」

ともだちにシェアしよう!