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26 託された運命に気が付く

               そうして、仲睦まじく共に暮らしていた両種族は、他種族の迫害行為によって引き離され――離れ離れとなった。      が、しかし――。    『冬にお前を忘れても、春にはお前を思い出す。』      俺はあの五蝶の国に行ってから、この一節を思い起こすと、…すると何か――()()()とクるものがある。    雪原ばかりの狼の里――花々咲き誇る五蝶の国。    とてもじゃないが、偶然とは思えぬ。  あの五蝶の国に行って、俺はその国の光景を初めて見た。――さながら五蝶の国は、春の国。…そして、我が生まれ故郷の狼の里は、さながら冬の国だ。  いわく…五蝶の国となる以前から、五蝶一族はあの秘境に隠れて暮らしていた、とのことである。……もしや、と今ならば思う…もしや――迫害によって離別を迫られた両種族は、その先で暮らす場所をお互いに(ことず)けあってから、別れた…のだろうか。      お互いに、いつかの再会を夢見て――。     『 離れ離れの蝶と狼、けれど我らは永久なるつがい。    永恋(えいれん)のつがいは、魂でつがい合う。    お前の()を見られたら、僕はお前とわかるだろう。    我らは永久なる永恋(えいれん)のつがい、胡蝶の夢で、お逢いしましょう――。』      この一節にしても――そうして離れ離れになってしまった狼と蝶だが、深く愛し合っていた自分たちはきっと、まだ魂では今もなお繋がったままである、という想いがひしひしと伝わってくる。  “胡蝶の夢”…――つまり、魂ではいまだ繋がっていると信じている狼と蝶は、「肉体は離れ離れだが、せめてお互いの夢の中では我ら、お逢いいたしましょう」と、まるで約束するような形で、このお伽噺は終わっているのだ。    それは…避難した先でしばらくはお互い、離れ離れ、隠れて暮らさなければならない。――つまり、つがいであった狼と蝶は、あるいはもう二度と再会できぬまま死ぬかもしれないが、しかし。    たとえ肉体が滅びようとも魂では、つがいとして永遠に繋がり合っている――そもそもが短命な蝶族だからこそ、彼らは余計にこう思いたかったのだろうか――一度つがった自分たちは、肉体の別れをものともせずまた繋がれる、それこそ生まれ変わろうともつがいとなる運命だ、というような…、そういった両者の深い絆を信じたい気持ちも、感じるのだ。    あるいはこうとも考えられるか。  蝶族ではなく、本物の蝶の象徴――肉体が滅びた先、死者の魂を、幸せと極楽しかないという天上界へ導いてくれる、とされる蝶。そして蝶は不死、不滅の象徴でもある。    もしか離れ離れになるくらいならと、心中したつがいもいたのかもしれぬ。――“胡蝶の夢”…現世では蝶と離れ離れになった狼が、「もうお前のそばへ行かせておくれ。自分が死んだなら迎えに来ておくれ。天上()でまた逢おう」と、願って死んだのか。…どうもこの物語、全体的に狼側の目線で書かれているようだろう。それもまた一つの筋として、あり得るのではないか。     そして、たとえお互いの肉体が滅びようとも自分たちの魂ばかりは不死、不滅である、として――また…自分たちは魂でつがい合っているからこそ、生まれ変わってまたつがい合おう、今度こそは幸せになろう、という約束を取り交わして。――自分たちの魂の繋がりは、不死、不滅のものである、と…願っているのか。    もしくは――。  自分たちはもう二度と現世で会えずとも、自分たちの、蝶族と狼族の子孫はいつか――またいつか、子孫たちばかりはいつか再会できますように。……あるいは…続く子孫のうち、また蝶に、狼に生まれ変わり、必ずや未来では再会し、またつがい合いましょう。――そのとききっと私は、貴方の目を見たら、貴方だとわかるでしょう。  そういった…悲しい意味かもしれない――。     「…………」   「…………」    ユンファ殿は今も、そのお伽噺を腿の上にのせたまま、ときおりその本の頁を捲って――静かにその物語を、じっくりと読んでいる。  おそらくは彼…故郷の、五蝶の国からその本を持ち寄って、このノージェスへ来たのだ。――なぜならあれは、狼の里にしか伝わっていないお伽噺である、…と俺は今日まで、そう思っていたのだ。    つまりあのお伽噺――このノージェスには伝わっていない、秘境の物語なのである。    しかし、蝶族のほうにもそのお伽噺があったというのならばあるいは、…あるいはあのお伽噺こそが…――狼族と蝶族をひそかに繋ぎ合わせる、両種族の託けそのもの、だったのかもしれない。        

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