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60 甘美な水菓子、我がつがい

                 何度も…ゆっくりと何度も…そのしっとりとした唇を食む。――ユンファ様はどうしたらよいのかわからないか、カタカタと小さく震えながら、く、ん、というように、ほんのわずか喉を鳴らしているだけ、…俺の口付けを、ただ受け入れている。  ちろりと彼の柔い唇を舐めれば――つるりとして、確かに、甘い。    なるほど、これが蝶族かと、俺は妙に納得し――また妙に興奮を覚え、くいとユンファ様の顔を軽く上げさせた。…「口を開いて…」間近な距離で囁くと、す…と閉じていたまぶたを薄く開けた彼は、うっとりとした目で俺のことを見つめてくる。  その宝石のように透き通った薄紫色の瞳は、なぜ…? と俺に問いかけてくるようだった。――この初心な反応に、唆られぬはずもない。   「……舌を、絡め合うのです…」   「…舌を…?」   「ふふ、ええ…きっと気持ち良くなれますよ…」    可愛らしいと俺が笑えば、ユンファ様はきゅうと恥ずかしそうに目を細めたが、…コクリと頷き、またそっと、その美しい切れ長のまぶたを閉ざしては――おずおずと控えめに、その赤く肉厚な唇の間を、薄く開けた。  俺はちゅうとその唇に優しく吸い付き、薄く開いた上下の唇、その柔らかく甘い、あたたかい唇を抜けて、己の舌を彼の口内へ入れる。――甘い。…唾液さえほのかに甘い。ユンファ様の無抵抗な熱い舌は瑞々しくもやわく、まるであたためられた水菓子のようだ。  くちゅり…ゆっくり、ユンファ様の舌を、舌で優しく絡めとる。   「……ん…、…」    ふるん…と震えた彼だが、それでもおずおず、ぎこちなく舌を動かし――にゅる…にゅると絡まり合う舌先、舌全体…それによって、ユンファ様の甘い桃の果汁と、俺のなんの変哲もない無味の唾液が混ざり合う。  きゅっとより強く握られた俺の手――こくん、と喉を鳴らして口の中の唾液を飲み込んだユンファ様は、ゆったりとした接吻であったからこそ、初めてでもそうできたのやもしれない。   「……はぁ…、…」    唇を離し、彼の唇に、熱く湿った息を吐きかける。  ぽう…とした顔をしているユンファ様もまた、はぁ…と熱いため息をつき、頬をじゅわりと桃色に染めて、とろりと緩んだ切れ長のまぶたの下、熱っぽく潤んだ瞳で俺の目を見つめてくる。   「……ソンジュ様…、は、はしたなくも……」   「……はい…?」   「今の、接吻…とても、気持ち良く…幸せで、…頭が、ぼうっといたします……」    掠れたか弱い声で名を呼ばれ、そうゆったりと可愛らしい告白をされると――俺の心臓は歯を食いしばり、ぎりりと鈍い音を立てる。…これほど愛おしいと思えた人は初めてだ。…何も初心なばかりが可愛げとはいわぬが、無垢なユンファ様のこの初心さは、格別に可愛らしい。   「…ふふ…我がつがいよ、もっとして差し上げましょうか…?」   「…え、つがい…? ぁ、い、いいえ、そうはしたなくねだったわけでは……」    俺が提案するなり、ユンファ様は――至極嬉しそうに、そのぽうっとした美貌をほころばせながらも、遠慮した。  そして彼は、やや顎を引き、ふわりと微笑みながらも目線を伏せて。   「…しかし、つがい…? 僕を、ソンジュ様のつがいだと、認めてくださったのですか…?」   「はい、ユンファ様…」   「そう…。それは、凄く嬉しいな……」    陶然としているまでに嬉しそうに笑ったユンファ様は、期待感にキラキラするその薄紫色の瞳で、とろりと俺の目を見つめてくる。――しかし、その目をまっすぐに見ることにはやはり、俺はいささか気後れしてしまう。   「……、…しかし、許されぬことです…」    俺はユンファ様を抱き寄せ、その人の細く硬い体を、強く抱き締めた。   「…到底許されぬことだとは、俺はこれでもよく理解しているのです…――とはいえ、明日に死んでもよいと俺は、もう固く覚悟をしております…」    すると、彼も俺の背を抱き寄せては、…震える蝶の羽のような儚い声で――。   「…そのときは…共に参りましょう、ソンジュ様……」   「…………」        結ばれようとそうでなかろうと、結局は我ら、共に死にゆく運命(さだめ)なのやもしれぬ。        だとしても、だとしても俺は――もう、よい。        むしろ良いのだ――狼として、本望ですらある。          

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