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120 胡蝶の夢を、見ておりました

                   満月ばかりが明るい暗闇の中――月光に照らされて、ひらひらと舞う胡蝶の羽は、薄紫色をしている。        ひらひら…ひらひらと――輝く銀の鱗粉(りんぷん)を、その身に纏い、舞わせて光らせ、漂わせ…――ひらひらと舞い、ひらひらと、俺のほうへとやってくる。        ひらひらと舞って…薄紫色の胡蝶が、俺の鼻の先にちょんと留まる。         「――……、…ッ」      そこで俺の目は覚めた。  …ビクンと跳ねた俺の体に、はたと俺を見下ろし、心配そうなユンファ様の、その薄紫色の瞳と視線がかち合う。  警戒心からか、そう長いこと眠れなかったらしい俺が見ていた、その短い夢――胡蝶の夢。    しかし、やけに幸福な心持ちばかりが俺の胸の中に、名残り惜しく残っている――俺はおもむろに体を起こして、この大きな窓の外、うっすらと青い光を放つ、満月を見上げた。   「――胡蝶の夢を、見ておりました……」   「……胡蝶の夢…?」   「ええ……」――そう答える俺は、いまだぼんやりとした意識の中、隣のユンファ様へと振り返る。   「…ユンファ様が、俺の鼻の先に留まってくださる夢――あのお伽噺でいえば…狼の鼻に蝶が留まるということは、蝶が狼のことを、自分のつがいだと認めた、ということを意味しております…。であるから俺は今、とても幸せな心地がしていて…、まるでいまだ、あの夢の中にいるよう……」   「……、はは、ああ、そうだね」    少し意外そうにその切れ長の目を開き、俺の話を聞いていたユンファ様は、ややあって顔を和やかにほころばせると、俺を見たままコクリと頷く。   「…だってソンジュは、僕に果物(林檎)を贈ってくれたし、花も贈ってくれて、僕を喜ばせてくれたじゃないか。――だから……」    俺の目を、今はじっと愛おしそうに、うっすらと潤ませながらも見つめてくださる――月明かりに透けた、その美しい薄紫色の瞳。     「…僕はソンジュのことを、僕のつがいだと思っているよ」     「……、…、…」    俺はあまりにも、…泣きそうになった。  たまらず眉を顰め、ゆらゆらと小さく胸から上が、揺れてしまう。――そんな俺に、やわらかく目を細めて微笑むユンファ様は、俺の片頬をふわりと撫でて。   「……愛しているよ、ソンジュ…、……」    ――まるで蝶がとまったかの如く――ちょんと俺の鼻の先に口付け、そして彼は鼻の下、俺の唇の先にもちゅ…と口付けてきた。  俺はユンファ様を掻き抱き、強くその人の体を抱きすくめて、…はぁ、と涙の息を口から逃した。  ユンファ様は、今度は俺の背を抱き寄せてくれた。   「……ソンジュ…、いつか…いつかでいいならば、ソンジュ……――逃げよう、一緒に……」   「…はい、ユンファ様、…いつでも俺は、いつでも貴方様を、いつまででも貴方様を、お待ち申し上げておりまする…っ」    泣きながら誓う。  …幸せな我が胡蝶の夢の、その続きを、夢に見て――。        

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