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139 婚姻の証の首飾り

                 俺はどこか改まって寝台に腰掛けたまま背を伸ばし、お隣のユンファ様へと膝を向けた。…彼はいまだ小瓶を太陽光に透かして見ているが――俺はユンファ様を、真剣に見据える。   「…ユンファ様、それからもう一つ――貴方様への、お土産がございます。…」   「……? まだあるのかい? そんな、…いいと言ったのに……」    すると、ユンファ様は俺に振り返りきょとんとしたが、しかし、どこか満更でもなさそうににこっとした。――その人は、先ほどまで嬉しそうに見ていた“小さな海”を腿の上に置き、俺の真剣な様子から察したか、…その膝頭を気持ち俺のほうへと向けた。    俺は慎重に、漢服の懐から――ユンファ様への、()()を取り出す。   「…ユンファ様…――どうぞ、これをお受け取りくださいませ」   「…ん…? …これ……」   「……これは…――。」    先日の戦の際、俺が人狼となった際に抜けた牙――それに、ユンファ様の薄紫色の瞳の色そっくりな宝石を添えた、首飾りである。…俺は海辺に行く前に、これも町の職人に注文していたのだ。――この首飾りをこしらえるのにもちょうど丸一日。…本当はこの首飾りだけを土産にしようかと考えていたが、それほど時間がかかるならば、と俺は、あの海に赴いたわけである。   「……これも、凄く綺麗だね…」    ユンファ様はそれを手にとって受け取ると、俺の顔を見て「ありがとう」とにっこり、微笑んだ。   「…土産…では、ありますが、――はは、じ、実をいえば、その、…これは……」    俺は大事なところで、照れくさくなってこらえきれずに笑ってしまった。――そんな俺を見ていたユンファ様は、可笑しそうににっこりとして。   「…はは、つまりこれを着けたら僕は、本当にソンジュのつがいになれるのだね。――これは、“婚礼の証の首飾り”…そうなんだろう?」   「……はは、…はい。そのつもりで…、狼は婚姻の際、自らの牙を、伴侶へと贈るものなのでございます…――さ、それ、着けて差し上げましょうか。」   「うん」――そうにこやかに頷いて目線を伏せたユンファ様に、俺は一旦その首飾りを受け取った。  少しドキドキと胸が逸る。…嬉しいような、緊張するような、手が震えるが――俺はその首飾りの紐をほどき、そしてユンファ様の白い首元へかけて、黒髪の下、彼のうなじでその紐を結ぶ。   「…ユンファ様からは、あの首巻きをいただきましたから。――あれもまた、いわば“婚姻の証の首飾り”のようなものです、俺にとっては……」   「……、…、…」    顔が伏せ気味なまま目を開き、ぱちぱちと目をしばたたかせたユンファ様は、はは…と眉をたわめて困り笑顔を浮かべつつもそのまま目線を伏せ、…自らの胸元に輝く薄紫色の宝石と、その俺の白い牙を白い指先で撫でて。   「…正直僕に、そのつもりは…なかったが、――まさか君が、そこまで思ってくれていたとは……ふふ、まあ嬉しいから、いいか…、じゃあそういうことで……」   「…はは、では、これで“つがいの証の首飾り”を贈りあったということになりますね、ユンファ様。…」   「………、…」    すると、ちらり…上目遣いに俺を見たその薄紫色の瞳は、す…と上がる顔に――俺をまっすぐ見つめて、熱を帯びた。   「…ソンジュ…、もう(さま)は…ソンジュ、僕らはもうつがいだ。――もう、ユンファとだけ……」   「……、かしこまりました…ユンファ」    俺が名を呼ぶと、ぽっとその頬が赤く色づき――じいっと俺の目を見つめてくるその薄紫色は、たっぷりと甘い蜜を宿して、艶々としている。   「…………」   「…………」    見つめ合い――惹かれ合う、この感覚。  …もう俺たちは永久のつがい――永恋(えいれん)のつがい”だ。   「……永久(とわ)に貴方に恋をして……」   「…次にも僕は、ソンジュに恋をする……」    俺が口ずさんだその先を、自然と微笑み口ずさむユンファ様は、俺の目を見つめながらキラキラとその瞳を美しく、幸せそうに輝かせる。   「…冬にユンファを忘れても……」   「…春には、君を、思い出す……」   「…またユンファに恋をして、次にも貴方に恋をして…――俺はずっと、ユンファに恋をする……」   「……ふふ…、…うん、僕もそのように…――。」     『 狼の永恋(えいれん)の誓い、蝶はぱたぱた喜んだ。      狼と蝶、見つめあう。  ただそれだけで、蝶と狼、つがいあう。      神が認めた蝶と狼、離れられない蝶と狼、運命(さだめ)の決まった蝶と狼、永久(とわ)のつがいの蝶と狼――強く惹かれて蝶と狼、僕らはもう、永恋(えいれん)のつがい。 』     「……ふふ……」    するとユンファ様は頬を染めたまま、微笑み――そっと、その紅の引かれた切れ長のまぶたを閉ざした。   「…ソンジュ……僕、ソンジュとこのまま、つがいたい……」   「……、…」    顔を伏せ、するり…赤い細帯のある下腹部を撫でるユンファ様は、薄くまぶたを開け。   「…どうせこれから死ぬのなら…君と愛し合ってつがい、子を成してから…その子と共に、死にたいんだ……」   「…………」    そしてユンファ様は、「ねえ」と俺の目を見て、あまりにも無邪気に微笑んだ。     「……僕を抱いておくれ…、…天上で、家族みんなで幸せに暮らそうよ、ソンジュ…――。」          

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