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140 約束の瞳

                     昼ともなる前に、俺はユンファ様と寝台に上って、見つめ合った。  …もう夜まで待てぬ。――夢というのは、夜にだけ見るものではないのだろう。    まぶたを閉ざせば、太陽の光のもとでも見られる――それが夢。    俺と見つめ合うユンファ様はうっとりと微笑み、太陽光に透けて淡くなった薄紫色の瞳を、キラキラと輝かせて――本当に、美しかった。  窓から差し込む太陽の光――明るみになる、俺たちの想い。…それでよい。もうそれがよい。      もう隠せはしない――隠すつもりもない。     「…ユンファ…、とても綺麗だ……」   「……ソンジュ…、…ん……」    手の指を絡めて繋ぎ、そっと優しい接吻をすれば、彼は相変わらず初心な声を「んん…」と鼻からもらした。  はむ、はむとゆったり、その柔らかく瑞々しい唇を食む。――肉厚なために、こうしているだけで胸がドクドクと早鐘を打つが、一方俺の意識はとろりと蕩けるほどに、うっとりと緩んでいく。  返ってくるユンファ様の唇…俺の唇の表皮に吸い付いてくるその唇を越えて、舌をすべり込ませる。   「……ん…っ」    いささか驚いたような反応、しかし甘い桃の果汁に浸ったユンファ様の熱い舌は、ややざらりとしながらもにゅるり、にゅるにゅると俺の舌に絡み付いてくる。――甘美な水菓子、そのような柔らかい舌の味と感触に酔い、…はぁ、と唇を離せば。    はぁ…と湿った吐息が、俺の唇にもかかる。   「……媚薬を…飲まされたのですか…?」    至近距離でそう尋ねてみれば、…ユンファ様はえ…? ととろりとした切れ長でも、やや不思議そうな顔をする。  ややあってユンファ様は、くすりと笑った。――もぞりと動いた繋ぐ手が、ほどかれる。   「……ふふ、媚薬…? これのことかい…?」    そしてユンファ様は、その白い手を伸ばした――寝台横の、机の上に。  …そこにあった小さな、飾り彫りのあるガラス瓶を手にしたユンファ様は、何かしたりと笑みながらそれの蓋を開けた。   「……、ユンファ様、まさか…いえ、ならば、…」    事実その媚薬を、渡されてはいたらしい。  …わざわざ飲む必要はない、と俺は静止しようとしたが、しかし――今、ユンファ様はそれを、――その媚薬の小瓶の口に唇を押し当て、目を瞑り、顔を真上に上げて煽り――ごく、ごくりと白い喉仏を上下させながら、その媚薬を、いま飲み干した。   「……っはぁ…――。」   「………、…」    どこか恍惚と薄目を開け、ため息を天井のほうへ吐き出したユンファ様は、おもむろに顔を伏せ――それからゆっくり、俺のほうへと振り返る。  頬をぽっと赤らめ、彼はにこっと微笑むと、俺の目をうっとりと細めた切れ長の目で見つめてくる。   「…先は、ある意味で媚薬を飲んだようだった…――僕は、それくらい浮き足立っていたんだ。…」   「…………」    ユンファ様は、その媚薬の入っていた小瓶をコトリと、また寝台横の机の上に置いた。――そして寝台に座ったまま、俺に向けられているそのやや伏せ気味の横顔は、陶然とした艶めかしいものである。   「…三日ばかりでも、ソンジュとメオトになれる…。ましてや、久しぶりに元気な君に会えると思ったらね…、頭がぽーっとして、君が欲しくて欲しくてたまらなくて……難しいことは、本当に何も考えられないほどだった……」   「………、…」    そこでおもむろにまた、俺へ振り向くユンファ様の顔は、少しばかり自嘲した微笑みを浮かべている。   「…つまり…ソンジュへの恋心という、何よりも僕に効く媚薬が、僕のことをぽうっとさせていたんだよ」   「……ユンファ…、…」    俺はユンファ様の片頬をするりと撫でて、手のひらにおさめた。――しっとりと濡れて熱く、すり…と顔を傾けて擦り寄ってくるその頬は、今もなお紅潮している。   「…………」   「…………」    俺たちは、愛おしさに見つめあう――。  …叶うのならば、叶うのならば――。   「…ユンファ…、どうか叶うのならば…――来世でもどうか、その淡い紫色の瞳で俺を、見つめてはくれませぬか……」   「……、……」    俺がそう言えばユンファ様は、目を細めてただ微笑んだ。――俺は吸い寄せられるよう彼の唇に、ふに…と唇を押し付け、わずかに離れた距離で囁く。   「…俺は、ユンファのその瞳の色が、本当に大好きなのです…。とても美しく、何よりも神秘的で…唯一無二のその瞳、貴石にも優る美を感じ…――貴方様の瞳を見つめると、この全身が総毛立つほど…。…来世でもその瞳を見られれば、俺はきっとユンファだとわかることでしょう……」   「……ふふ…、わかった、天上の神に頼んでみようか…。しかし、ソンジュ……」    美しい薄紫色の瞳でじっと、俺を愛おしげに見つめてくるユンファ様は、片手のひらで俺の頬を、ふんわりと包み込む。――そうして相互に、反対の頬を包み合うようになっては彼、甘い声で。   「…僕も、君の瞳の色が大好きだ…。だからどうか、ソンジュもその、青い瞳のまま…また僕に、何度でも僕に、その青い瞳のままで、出逢っておくれ……」   「……もちろん。もちろんでございます、ユンファ……」    俺たちはくすりとこの約束に笑い合い、そして自然――吸い寄せ合うように、自然と顔を緩やかに傾けて、…唇を合わせた。        

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