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153 侵略者の訪れ

                  「……ユンファ、花火が上がっておりますね」   「…うん……」    俺はユンファ様のお隣に腰掛けたまま、そっとその人の白い手の甲に、自らの手のひらを重ねた。――しかし彼は俺に振り返らず、ただパッと緑に色付き明るくなっては、……暗くなる窓の外を、神妙な顔で眺めている。   「…花火…、見たいですか……」    俺がそう尋ねると、ユンファ様はふっと俺へ振り向いた。   「……うん」   「…………」    唇の紅は剥げているがそれでもなお赤い、しかしわずか残る、その妖艶に引かれたまぶたの際の紅があろうと――どれほど妖艶なお姿であろうとも――まるで、無垢な幼子のような顔で頷くユンファ様を見ながら、俺は思案する。    ぜひ見せてやりたい――。    死ぬまでに一度でいいから、花火が見てみたいと話していたユンファ様だ。――ならばぜひ、ぜひそれを見せてやりたい。  彼が吐血してしまったあの衝撃に、俺は今、願うほどにそう強く思っている。  どうにかして、花火を見せてやれないものか、と――。    今ならば――抜け出せるやもしれぬ。  …今日の祝宴の際には、おそらくあのジャスル、護衛などの機敏な者たちはみな、連れて出ているはずだ。つまりこの屋敷には今、大したことのない下女やら下男のほかにいないことだろう。――しかもその召使い共、そうして主人のジャスルが居ないとなれば気が抜けて、ジャスルの目を盗み、いつもこうした際には調理場に集い、酒を飲み交わしているのが常。    いやしかし、この部屋は外側から鍵がかけられているのだ。――この部屋は内側から鍵をかけられるのだが――今日に関しては他人の手により、俺たちはいわば、二人してこの籠の中に、囚えられているということである。    もちろん、狼の俺の力があれば、外側からの鍵を壊して扉を開けることはなんら訳ないこと、それこそ赤子の手をひねるようなものだ。――とはいえ、その際に立つだろう大きな物音にはさすがに、下男やら下女に勘付かれるのは請け合いのことだ。   「…………」   「…………」    どうしたものか…――。    ユンファ様は、また窓の外へ顔を向けていたが。   「…でも、別に、いいんだ。――花火が見られなくとも」    そう横顔で微笑むユンファ様は、俺の肩にとすり――その頭を預け、もたれかかってきた。…さらり…俺の肩にしなだれかかってくる、その人の絹の黒髪。   「…もう十二分だ。…君から“小さな海”ももらったし、僕はもういいんだよ、ソンジュ…――僕は今、ソンジュと二人きりでこうしているだけで、とても、本当にとても幸せだ……」   「………、…」    俺は、…その人のつむじにちゅっと口付けた。  …そしてユンファ様の片手を固く握り、俺もまた、夜空が赤に明るくなっては――しおしおと暗くなる様を、ぼんやりと眺める。            ――ガチャ、ガチャガチャ            

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