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ふたりの夢

 電車に乗っている間も、真里也の家までの距離も、今日はものすごく長く感じる。  ずっと黙ったままの二人だったけれど、お互いの手は硬く繋がれていた。  時折り、興味本位なのかジッと見てくる人もいたけれど、今夜の二人に注がれる好奇心の目は全く気にならなかった。  ようやく射邊家にたどり着くと、我慢出来なかったのか、引き戸に鍵をかけた途端、真里也の唇は羽琉に激しく奪われた。  息つく間も与えてもらえず貪られていると、いやらしい水音が家中に響く。  体を繋げる行為に真里也は羞恥を感じても、それは顔を出さず、恥も外聞も忘れて応えるように羽琉の首に腕を回した。  羽琉が欲しい気持ちを伝えるよう、自らも舌を絡ませ、口付けの応酬を味わっていると、服を脱がされそうになったから、ここで初めて羽琉の手を拒んだ。 「……だめ、羽琉、ここ玄関」  熱っぽい吐息に声を乗せて訴えても、それ以上に羽琉の目が潤んで真里也に劣情を見せつけていた。 「っ無理だ。部屋までなんて我慢できない……いいだろ、ここで」  我儘な科白と同時に羽琉の手は真里也の羽織っていたシャツを剥ぎ取り、Tシャツの裾から手を差し入れてくる。  小さな突起を見つけた指が、爪だけで軽い刺激を与えてくると、反対の手はもう一方の尖りを摘まれた。 「っあ、ぁん」  快楽に我慢できず、思わず声を荒げてしまい、真里也は口を手で押さえた。  真里也の声に煽情されたのか、羽琉がTシャツをたくし上げてくると、刺激を受けてツンと尖った先端を舌で舐めてくる。  必死で声を我慢していると、羽琉の甘い攻撃は更に増し、わざとだろうと言いたくなるほど尖りに吸い付き、音をたててくる。  耳まで犯された気分になり、口を手で押さえていることもできず、真里也は快感に溺れないよう必死で羽琉の体にしがみ付いた。 「真里也……可愛い。お前が一番可愛くて愛おしい。好きだ、好きだよ……」  大好きな人に大好きだと言われると、もう、逆らえない。  靴も脱がないままズボンをずらされ、既に硬くなった真里也のモノをギュッと握り締められると、羽琉が三和土(たたき)に跪いて真里也のモノを口に含んできた。 「あぁっ、は……る、ダメ……それ、やだ、や──」  羽琉の髪を掴んで抵抗を試みるも、激しい口淫に意識は奪われ、真里也は熱い口腔内に達してしまった。  息絶え絶えに、はる……と、名前を呼ぶと、真里也の放った白濁を口から出してそれを羽琉が唆り立っている自身に塗り付けている。  羽琉が何をしているのかわからず見つめていると、体を反転させられ、「真里也、そこに手を付いて」と、下駄箱に手を持っていかれた。  言われるがまま両手で下駄箱を持つと、腰を掴まれグイッと後ろへと引っ張られる。  背中をそっと押さえられると、自然と弓形になって羽琉へ尻を突き出す形になってしまった。 「は、羽琉。やだ、こんな格好……恥ずかしい」  訴えても要求は飲んでもらえず、後ろからベルトを外す音が聞こえてきた。 「羽琉、羽琉、ねぇ、聞いてるっ──あっあぁっ!」  滑りを伴った羽琉の指が差し込まれ、何度も窄まりを抽き挿ししている。  異物を感じて身を捩らせると、背中越しに、ごめん、と声が聞こえた。  切ない声に逆らうつもりはない。  真里也は、いいよと言う代わりに尻を突き出した。恥ずかし過ぎるけれど、羽琉が望んでくれるなら、羞恥さえも吹き飛ばすことができる。  許しをもらった羽琉の指が一本から二本に増え、痛みがつきんと走ったけれど、羽琉のものになりたい気持ちが勝る。 「……挿れていいか」  湿った吐息で囁かれると、もう頷くしかない。真里也は、コクコクと首を縦に振って羽琉を迎えられるように背中を逸らした。  熱くて硬くなった羽琉のモノが真里也の放出した滑りを利用し、背後から思いっきり貫かれると、「ああっん」と、痛みを伴った喜悦の声を放ってしまった。 「──すっげぇ、イイ。真里也の中、めちゃくちゃ締まって……熱、い」  指の痕が付くんじゃないかと思うほど腰を強く掴まれ、羽琉の抽挿が徐々に激しさを増してくる。  肌と肌がぶつかり合う音がイヤらしく鼓膜を犯し、恥ずかしさで逃げ出したくなった。それなのに体は羽琉を求め、もっと、もっとと欲しがっている。  切れ切れの声が止まらず、窄まりを羽琉に施されているとやがて痛みは消え、疼く快感が芽生えてきた。  痛みなのか、快楽なのか。どの感情から発露しているのか瞳から涙が溢れてくる。それでも無意識に腰をゆらゆらと揺らしている自分がいた。  こんな、の……はしたない。俺って淫乱なの……か。  頭の中では淫らな自分を否定しているのに、羽琉には拙いこの体で気持ちよくなって欲しいと思っている。  自分以外の人に取られないよう、いつまでも自分だけを見てて欲しいと願うように、真里也は涙を溢して羽琉を貪った。 「ま……りや、お前、締めすぎだ。こんな……の、もたない」  多幸感に溢れる羽琉の声を背後から聞くと、真里也は煽るように腹の中を締め付けた。すると、羽琉の動きが荒々しくなり、波に飲まれるような快感が真里也を襲う。  けれどそれは羽琉も同じなのか、腰を早く動かしたばかりに、真里也の中で劣情を撒き散らされ、背中に覆い被さるように羽琉が果ててしまった。  背中越しに羽琉の鼓動が聞こえる。  自分の体で羽琉が気持ちよくなったのかなと、全身で熱を感じているとまた涙が溢れてきた。  でも、この涙は嬉し涙だと自分ではわかっている。それなのに羽琉が顔を真っ青にしている。「ま、真里也。ごめん」と、労わるように抱き締めてくれた。 「平気だよ。こんな場所で、その……スルから、びっくりしたけど、俺も止まらなかったし」  羽琉の胸の中で呟いた途端、恥ずかしくなって隠れるように胸の中に顔を埋めた。 「なあ、真里也……その、そんな風に体を擦り寄せられると、またシタくなるんだけど」 「えっ、また? ここで!」  いくら夜で人が尋ねて来る射邊家ではないけれど、さすがに玄関での二度目は勘弁して欲しい。 「ち、違う、違うっ。そこは俺も常識があ……るとは、言えないか。ごめんな、真里也。けど、どうしても我慢できなかった。だから、続きは真里也の部屋で──」  言いながら羽琉が靴を脱ぎ捨て、真里也の体を持ち上げると、真里也のスニーカーをポイポイと三和土に落とし、よいしょっと、言って姫抱っこされる。抱き抱えられられたまま、羽琉が一直線に部屋へと向かい、ベッドに寝かされるまでの一連の動きは、流れるように無駄がなかった。  激しく繰り広げられた余韻が残る二人の体は、さっきのような劣情はない。けれど癒し合うような、確かめるようなセックスをゆっくり堪能した。  乱れた髪を掻き上げる羽琉が、デスクライトを灯すと、また布団の中に戻って甘えるように真里也の胸に擦り寄せてくる。  些細な仕草も愛を感じて、これまでに味わったことのない多幸感を真里也は知った。 「真里也の心臓の音を聴いてると、心地よくてずっとこうしていたくなる」 「俺も……。羽琉の肌に触れているだけで、すっごく安心できる」  小さな子どものように羽琉を抱き締め、クルッと跳ねる毛先を指に絡ませた。  この家に引っ越して来た子どものときからずっと、真里也のそばにはいつも羽琉がいた。  真里也が辛いときも、悲しいときにも寄り添ってくれた。  お互いを想いあっていたのに、すれ違い、離れた日々は長くて辛かったけれど、またこうして手を伸ばせば届くところにいてくれる。  ほんとうに幸せだ……。  羽琉の髪を撫でながら、真里也はずっと言いたくて言えなかったことを伝えてみようと思った。 「なあ、羽琉。今から話すのは俺の我儘だけど、聞いてくれる──あ、いや聞いてくれたら嬉しい、的な……」 「真里也が我儘なんて珍しいな」と、羽琉が嬉しそうに下から見上げてくる。  真里也は自分の腕の中にいる、愛しい人の肩を撫でながら見上げてくる瞳を見つめ返した。 「なあ、羽琉。ここで、カフェをやってくれないか」 「ここ? ここって──」  真里也の発言に驚いたのか、羽琉がガバッと体を起こし、「ちょ、ちょっと待て。この家でかっ?」と、目を丸くしている。  真里也も同じように起き上がると布団を持ち上げて羽琉の肩にそっとかけた。  真里也も寄り添うように布団を羽織ると、一枚の掛け布団の中で、秘密基地のように二人して蹲った。 「そう、ここで。ウチは平屋だけど、庭は広いだろ? だから、羽琉さえよかったら庭に小さな店建ててさ、カフェやらないかなってずっと考えてたんだ」 「ここで……。真里也の、じいちゃんの大切な家で、俺が店を……」  羽琉が噛み締めるように呟き、ジッと見つめてくるから、真里也は本気なことを示すように深く頷いた。  高校生のとき、権利書と言うものがどんなものか、持ち家や、借地、売買など真里也は大学生活の合間に、不動産のことを理解しようと勉強していた。  広い庭の固定資産税や、この辺りが用途地域で、飲食店開業が許可される場所か許可されないか。また、開業ができても面積の制限を受けないか、など詳しく調べていたのだ。 「いつか、羽琉とまた一緒にいられたら、この話しをしたいってずっと思ってたんだ。羽琉のことが好きで、ずっと俺の側にいて欲しくて、勝手に考えてただけなんだけど……」  自分で言ってて、これはさすがに引くかも……と思って身構えていると、布団の中で羽琉に抱き締められた。  素肌と素肌が密着して、少し冷えていた体に熱が戻る。  羽琉の体温、匂い、息遣いから鼓動まで、今、自分の腕の中にあることが嬉しくて愛おしい。  気持ちに応えられなかった幼い自分を、何度も何度も罵った。羽琉からの想いを無碍にした自分を死ぬほど後悔した。  羽琉のことを忘れようとしてもダメで、それなのにずっと、ずっと焦がれて諦められなかった。  ようやく羽琉との未来が描かれるようになったのだから、もう少しだけ欲張りになってもいいかな、と秘めていたこと口にしていた。 「真里也……、お前そんなこと考えてくれてたんだな……」  羽琉が言葉を詰まらせて泣いている。  布団の中で、小さくなって泣きじゃくる羽琉をそっと抱き締めた。 「だって、羽琉の夢は俺の夢でもあるんだから。それにじいちゃん達も羽琉がここで店をしたら絶対喜んでくれる。それに住居が側にあれば合理的だろ? なぁ、羽琉。やっぱダメかな? 商店街から外れてるし、駅も少し遠いけど、俺、無謀なこと言っ──」  最後まで言わせてもらえず、抱き締めていた真里也の腕からすり抜けた羽琉から、反対に力強く抱きすくめられていた。  素肌が重なり合って、鼓動がひとつになる。  真里也の肩に顔を乗せたままの羽琉が、声を殺して泣いている。  耳元で、ありがとう……と、少し掠れた声が聞こえた。  いつか、でも、そう遠くない未来に、羽琉とここで夢を叶えてずっと共に生きていく。  契約書も何もない誓いだけれど、離れていた時間が二人を強く結びつけ、それは確固たる絆に変わっていた。  いつか、實川に言った言葉がふと頭に浮かぶ。  ──ひとりが寂しいんじゃない。羽琉がいないから寂しいんだ。  でも、もう寂しくはない。  羽琉という愛は、ずっと真里也の中に芽吹いていて、育み、この先も、今よりもっと大きく成長していくのだから。 完

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