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第1話 オメガの王子

 ここはケトメ王国。温暖で肥沃な恵まれた地にあるためか、人々の気質も穏やかで優しい。  セティは、ケトメ王国の第二王子として王妃から産まれた。セティがオメガと判明した時、皆、驚き悲しんだ。  王族ではアルファが当たり前。オメガは卑しいとされたからだ。  王家では、王妃からは勿論、正式な側室からもオメガが産まれたことは無かった。  王が妾として囲うオメガからはあるが、妾の子は正式な王子とは認められない。つまり、王子がオメガとして産まれたのはセティが初めてなのだ。  王妃は王族の出身。何の異論もなく王妃になり、第一王女、そして王太子になる第一王子を産んだ。二人共アルファ。それなのに、三人目の第二王子だけがオメガ。  誇り高い王妃は、自身がオメガを産んだことに戸惑い、嘆き悲しんだ。事実を受け入れることができなかったのだ。    王家にオメガの王子の誕生など不吉だ。何かの悲劇の前兆――そう思う者もいた。  王家に暗雲が漂った。  その暗雲を取り払たのは、セティの笑顔だった。  赤ん坊のセティは、天使のように可愛らしかった。  悲しんだ眼で見る者、憐れんだ眼で見る者の表情を瞬時に変えるセティの愛らしさ。  セティを見て笑顔にならぬ者は皆無。皆、その愛らしさの虜になるのだった。  オメガでもいいのではないか、セティは魅力に溢れている。皆が、そう思いだした。  それを決定的にしたのは、大神妻だった。  大神妻とは、国の祭儀を司る大神殿に仕える未婚の乙女たちの最高位。  生涯を神に仕え、神と人間との執り成しをする大神妻には、国王も敬意を払う存在。    セティの誕生祝いの祭儀で大神妻は、セティを見ると言ったのだった。 「なんと愛らしい王子! そして光に包まれている。この王子の人生は光り輝くものになるでしょう!」  その場にいる者達は、大神妻の言葉に驚くと共に、直ぐに納得するのだった。    大神妻も認める愛らしい王子。光り輝く王子。  セティを哀れんだり、ましてや蔑む者は誰もいなくなった。オメガという属性は半ば忘れ去られ、ただ可愛くも愛らしい第二王子として育った。  セティ五歳の時に、父国王とオメガの妾の間に出来たオメガの子供が亡くなった。  同じ国王の子と言えど、正嫡の王子セティとは大きく立場が違う。王子とは認められず、離宮に母と共に住んでいる子供であった。  そして生まれつき病弱でもあったのだが、この子供の死は、セティもオメガであることを皆に認識させた。  セティは、光り輝く正嫡の王子だが、オメガであることは事実。  その時意識させられたのは、第一王子、王太子ウシルスとの違い。  ウシルス五歳の時と比べて明らかにセティは小さい。姉のアティス五歳の時と比べても小さい。小柄で華奢な体。病は無いが、体力もなく、ひ弱な印象は否めない。そこが可愛らしくもあるのだが……。  それはやはり、オメガ特有のものなのか……。実際そうだった。オメガは、アルファは勿論、ベータと比べても体格が劣る。そして病弱な者が多く、寿命も短かった。  皆、その事実を改めて認識すると戦慄した。セティを死なせてはいけない。この愛らしい王子は、王家の宝なのだから。否、王家だけではなく国の宝なのだ。  以後、セティへの溺愛と過保護は益々強まったのだった。  セティの住む王子の宮は、兄の太子の宮と、姉の王女の宮に、挟まれるようにして存在した。まるで二人の兄と姉に守られるような配置なのだ。  実際二人はセティを可愛がり、常にその様子に気を配った。大抵はどちらか、あるいは両方がセティと一緒に過ごすのだった。  二人の口癖は「可愛いセティ」「私のセティ」で、しばしばセティの取り合いの様相を見せ、王妃に𠮟責されるのだった。  しかし、そういう王妃もセティに対する溺愛は相当なもので、頻繁にセティを寝所へ呼び一緒に寝た。時には王と王妃の間に寝かせた。文字通り親子川の字で眠るのだが、王家ではこれはかなりの異例のことだった。  事実、上の二人には全く無かったことで、多分、王家始まって以来のことだが、誰も異論を唱えることは無かった。  国王王妃、姉宮と兄宮がセティを可愛がるのは、セティが愛らしく、可愛いから当然との認識だった。  セティが十歳の時に、兄のウシルスが十五歳になり、正式に王太子の位に就いた。  父国王の傍らで政務にも徐々に関ることになった。それに伴い、セティの住む王子の宮もウシルスの管轄に組み込まれた。 「私が王太子として、これからはセティのこと全てに責任を持ちます」  そう宣言したウシルスの思いの底には、セティに、弟に対するものを超えたものがあるが、セティは勿論もこと、他の誰も知らない。 「兄上、王太子就位おめでとうございます。これからもセティのことよろしくお願いします」 「ああ、勿論そなたのことはこの兄が責任を持って守ってやるからな。安心するがよい」 「はい!」 「ふふっ可愛いなあ……セティ、公の場でなければ、兄上でなく兄さまと呼んでいいのだぞ」 「はい……兄さま」  兄を見上げるセティの瞳はキラキラしている。ウシルスは軽々とセティを抱き上げ、その柔らかな頬に頬ずりする。そしてセティを抱き上げたまま王宮の庭園の散策を続けるのだった。 「兄さま、降ろしてください。セティは自分で歩けます」 「そのようなわがままを言うではない」  なぜ、自分で歩けると言うのがわがままなのかセティには全く分からない。 「そんなーっ」と抗うと、「ふふっ、そのように抗っても可愛いだけだぞ」  あやすように満面の笑顔で言う兄。この兄に、何を言っても無駄だ。セティにもそれは分かる。セティはそのまま兄に抱かれ庭の散策を楽しんだ。  兄のこういう所は少し困るけど、兄は優しくて頼もしい。兄の腕に抱かれるのは温かく心地よいのも事実だった。
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