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第16話 ネフェルを養子に

 王妃は、久しぶりに里帰りとして、実家を訪れていた。  王妃の母は、年老いてはいたが、未だかくしゃくとして元気に過ごしている。そして、今日は里帰りの王妃に会うため母の妹、王妃の叔母で前のアブジェ公妃も来ている。 「これは叔母上、お久しゅうございます。お元気そうで何よりですわ」 「王妃様こそご機嫌麗しいご様子で何よりでございますわ。今日は姉上から王妃様がお出ましになられると聞いてお邪魔いたしました」  つまり、何か内々に話したいことがあると言うことだ。王宮でなくここでなら、気の置けない話ができる。 「何ぞございましたか?」 「セティ様がお気に入っておられるネフェルと言う者、未だ身元は判明しないと聞いておりますが……」 「そうなんですの。多分この国の者ではない、そう思われます。そうなると本人が思い出さないと中々難しいかと」 「実は、うちの公爵と公妃が王子の宮でその者と会っております」  叔母の夫は亡くなっており、現アブジェ公爵は叔母の息子である。子供がいないため、次代のアブジェ公は養子をとる必要があった。  王妃は、アブジェ公が公妃と共にネフェルに会っている事実に、少なからず驚く。 「それで、二人共その者に良い印象を持ったようですの」 「確かに、悪い印象はありませんね。セティが気に入るのも仕方ないというか」 「そう、セティ様が大層お気に入っておられるとか。そして、そろそろセティ様の降嫁先を選定せねばならぬでしょう」  ケトメ王国の上流階級は、ウシルスの妃問題もだが、アティスとセティの降嫁先も大いなる関心事ではある。特に王家が大切にしているセティが降嫁すれば、その家は大いに力を持てることは間違いない。 「もう具体的に、何か動きはおありで?」 「それはまだ……ただ、余りのんびりとは出来ないと……」  王妃の思案気な言葉に、前のアブジェ公妃は頷いた。  先日のセティの初めての発情は、公にされたわけではないが、上層部の一部は知っていた。アブジェ公家は王家に匹敵する歴史を持つ名門。現アブジェ公は王妃の従兄弟である。そう言った情報には聡い。  その情報を耳に入れた者は、セティの降嫁先の選定は急がれると考える。セティがオメガであり、発情期があるからだ。オメガの発情期を薬で抑えるのは簡単でない。つまりアルファが必要になるからだ。水面下で様々に動いている。  アブジェ公はネフェルを養子にすることを思い立つ。元々、そろそろ養子を決めねばと考えていた。  セティがネフェルを気に入っていることと、ネフェルの事情を知って、興味を持ったアブジェ公はネフェルを垣間見に行き、好印象を持った。  その後、さりげなく公妃を伴い王子の宮を訪れた。公妃も同じ印象を持った。その時から、密かに考えてきた。それが、先日のセティの発情の情報を知って、今こそ具体的に動く時と考える。    アブジェ公は、母が王妃の叔母である立場を、有効に使おうと思った。先ずは、内々に母から王妃に打ち明け、王妃の賛同があれば、話は一気に進むやもしれないと考えたのだった。 「王妃様、我アブジェ公家にセティ様、降嫁いただけないかと……」 「えっ!」  驚く王妃。当然だ、アブジェ公家にはセティの相手はいない。前アブジェ公妃は、徐に口を開く。 「ネフェルを養子に迎え、そしてセティ様に降嫁いただき、アブジェ公妃になって頂きたいと」  王妃の驚きは解消どころか、増すばかり。 「そっ、それは……正直驚きましたわ……考えたことも無く」 「驚かれるのは無理もございません。でも、これはわたくしと息子のアブジェ公夫妻とで考えた結論。セティ様がお気に入り、名まで与えたネフェル。我が公家に迎えるのは良きことと……。そしてセティ様の幸せにも繋がるかと」  それにしても、名門アブジェ公家が身元不明のネフェルを養子に迎えるとは驚く。ただ、確かにセティにとっては良いのか……王妃は考える。セティがネフェルを気に入っているのは、誰が見ても明らか。先日の発情を抑えた事実もある。 「叔母上のお話よく分かりましたわ。王宮に戻って陛下にお伝えしますわね。陛下のご判断と、太子殿のお考えもありますし」 「ええ、勿論ですわ。王妃様からよろしくお伝えくださいませ」  王妃は王宮に戻ると、早速アブジェ公家の意向を夫である国王に伝える。  王はウシルスとアティスを呼び、二人にも伝える。セティに関することは王一家で話し合うのが常である。  王妃とアティスは好意的に捉える。ウシルスは渋い顔だ。 「名門アブジェ公家に見知らぬ者の血を入れて良いのですか……」 「そこは、セティの血が入ればむしろ良いとのことじゃ。つまり、それほどセティの降嫁はありがたいということじゃ」  確かに、セティが降嫁して生まれた子はセティの血を引く。 「ならば、セティを大切にするだろう。わたくしらもアブジェ公家ならセティの様子がよく分かる。往来も頻繁にもてるだろうからな」  母の言葉は好意的なものばかり。かなり乗り気になっているようだ。 「分かりました。候補には上げておきましょう。他にも良き話があるかもしれませんので」  ウシルスの言葉に国王も同意する。王も良き話とは思うが、早急に決めることには躊躇する。余りにも意外だったからだ。 「そうだな、この件も含めて今少し検討するが良かろう」 「それは、またアブジェ公家も思い切ったことを考えますな」  ウシルスから、王一家の話し合いを聞かされたメニ候が言う。 「全く予想外だった。しかも、母上がかなり感化されている」  ウシルスが苦り切った顔で言う。先ずは、母である王妃を取り込む。中々戦力的だ。さすがは王家にも匹敵する公家ではある。  セティの降嫁先の選定。それはセティが気に入る、それが第一条件。それを盾に交わしながら、本丸に……それがメニ候の戦略。  しかし、ネフェルを養子にとなると、それは効かない。困ったことだとは思うが、のらりくらりと交わすしかないか……。 「なんだかんだと言って、交わすしかありませんな……こちらの話も早急に進めねば。外堀だけでも埋めなければ、猶予はございませんな」 「ああ、悠長にはしておれん。そなたもそのつもりで動いてくれ」 「御意」  しかし、二人に、全ての人に、その後、驚愕の出来事が起こるのだった。

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