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第17話 よみがえる記憶

 セティが上宮へ行く時は、ヘケトとアニスは随行し上宮で控えるが、ネフェルは一人王子の宮に残るのが常だった。  両陛下のお呼びにより上宮へ行くセティを見送ったネフェルは、久しぶりに王宮の外へ出て、湖へ向かった。  自分が行き倒れていて、セティに救われた場所へ、あの日から初めてネフェルは足を向けたのだった。  理由もなく、何か無性に行きたくなったのだった。  セティに救われた幸せを噛みしめると同時に、何かしら思い出すかも……そんな気持ちも少なからずあったのかもしれない。  ネフェルは湖の畔に付くと、暫しそこに佇んだ。  湖面が柔らかに揺れ、漂うそよ風も新鮮で気持ちが良い。  すると人の足音を感じ、ネフェルは後ろを振り向く。 「でっ、殿下~っ!」  血相変えてネフェルに走り寄り、そして縋り付く人。 「……っ!」 「ハーデス殿下! ああっ、良かった! 漸く見つかった!」  ハーデス殿下!? ネフェルは縋り付く男を見る。 「ハーデス殿下!? ヘパイストスです! 殿下が失踪した後どれだけ心配したか……探して、探して漸くここだと察知して……」  ハーデス……ヘパイストス……ネフェルは、男を離して頭を抱える。頭が割れるように痛い。  ハーデス……ハーデス……頭の中がぐるぐる回り、それは徐々に早くなる!   そして、ぱーんと弾ける。  ああっ、そうだっ! 我が名はハーデス!  名前を思い出した。そしてその後も、頭の中はぐるぐる回る。  徐々に記憶が戻って来る。忘れていた記憶が、徐々に回復し、それ以前の記憶と繋がる。 「そなたは、ヘパイストス!」 「はい、ハーデス殿下!」 「そうだ、そうだった……あああっーわたしはあの時、地に光を見つけて捉えようとし手を伸ばした。そのまま落ちていき……記憶を失ったのだ。ハーデスという名も忘れていたのだ」 「忘れていた……そうだったのですね……。あの時殿下の叫び声に気付いた時には、既に殿下の姿は見えなくて、探し回ったのですが見つかりませんでした。そして、もしかして地の国へ行かれたかと思い、わたくしも地の国へと来たのです。探しながら何度も呼びかけたのです。しかし反応が無く、本当に心配しました。記憶を失われていたから、反応が無かったのですね」  ハーデスとヘパイストスの絆は深い。離れていても、気で通じるのが常。それが今回全く通じなかった。  もしかして死後の世界へ? 不安を打ち消し、探して、探して探し続けた。  漸く、この辺りにハーデスの気を感じた。相変わらず呼びかけに応答はないが、必ずこの近辺にいるとの確信は持てた。  この国の王宮で感じるハーデスの気。それはハーデスが王宮に滞在しているということだろうか? どうすべきか考えていた所に、益々強い気を感じた。  近くにいる、そう確信した。そして、湖畔に佇むハーデスらしき人を見つけ、走り寄ったのだった。  ハーデスは記憶を失っていた。反応が無かったのはそのためだったのだ。  最悪に事態でなくて良かった……ヘパイストスの胸に安堵の思いが広がる。  ハーデスが失踪してこのかた、生きた心地がしなかったのだ。 「ここは、この地の王国の王宮近くなのですね。記憶を失くした殿下は、ここで保護されていたのですか?」 「そうなのだよ。ここケトメ王国の第二王子のセティ様が、地に落ちてズタボロになったわたしを救って下さったのだ。名前も忘れたわたしにネフェルトと名前も付けて下さった。とても優しい方だ。セティ様が救って下されなかったら、わたしはおそらくあの場所でこと切れていただろう」  星から無防備に落ちたのだ。相当な衝撃だったことはヘパイストスにも想像がつく。 「そうですか。親切な王子様で良かったですね。いずれ正式にお礼をせねばなりませんが、先ずは星へ帰らねばなりません。殿下の失踪を一般の国民には知らされておりませんが、宮廷では大騒ぎになっております。一刻も早くお戻りになられないと」  宮廷中が大騒ぎ――それはそうだろう。国の王太子が忽然と消えたのだから。  己は記憶を失っていた間、それに対して辛い思いもしたが、セティの側にいられるのは幸せだった。しかし、その間星の国では、随分と心配をかけたものだ。  申し訳なさと、王太子としての責任感も甦ってくる。  ヘパイストスの言う通り一刻も早く国へ戻らねばとは思う。しかし、今、直ぐには戻れない。  セティへ、記憶が戻ったことを説明し、心からの礼を述べ、そして自分の気持ちを伝えねばならない。両陛下はじめとする王室一家の方々や、ヘケトとアニスの母子にも礼をしたい。 「心配かけたのは申し訳ない。私も直ぐに戻らねばと思う。しかし」 「しかしも、かかしもございませんぞっ! 悠長な事は言ってはおられません! 国王陛下が明日をも知れぬご容態なのですよ」 「父上が! 何故だ?」  ハーデスが星から落ちる前、父は元気だったはずだ。まさか、自分の失踪が原因……。ハーデスは青ざめる。 「殿下が失踪された直ぐ後、狩猟が挙行されました。中止も検討されたようですが、予定通り行われたのです。しかし、そこで矢が陛下の御手を掠ったのです。陛下が大したことないと言われたので、処置を怠ったのです。ところが傷が化膿して御手が段々と腫れていき、侍医は切断するしかないと。しかし、陛下は拒否されたのです。その為か、益々容態は悪くなり、いまや重体なのです。一刻を争う事態です」  何という……自分のいない間にそんなことが起こっていたとわ……。自分がいれば、大した傷と軽視することなかったろうに……。しかし、今それを悔いても仕方ない。  なんとしても、失踪していた責は自分にある。ここはヘパイストスの言う通り直ぐに戻らねばならない。 「分かった。直ぐに戻る。しかし、この国の人々には大変世話になった。落ち着いてから改めて礼はするが、このまま黙って消えることは人としてできない。急ぎ王宮に戻り挨拶をしてくる」 「かしこまりました。わたくしは殿下専属の飛行船を呼び寄せ、王宮の前でお待ちしております」  ハーデスは王宮へと急ぐ。  何よりもセティに会いたい。そして伝えねばならない。

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