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第19話 運命の人を求めて
「お兄さま、また重臣達がお兄さまのお妃問題を話題にしたそうですわよ」
「全く、困ったものだ。わたしの妃は自分で決める。押し付けられるのは絶対に願い下げだ」
「そうですわよね。わたくしも自分のお相手は自分で決めたいですわ」
ハーデスとヘスティアの兄妹はとてもよく気が合った。結婚観も同じであった。
王族の結婚に自由は原則ない。様々な制約があり、慣習がある。それに沿った相手は自ずと限られ、その限られた相手から選ぶ、ほんの少しの自由だった。
ハーデスの場合、特に相手は王太子妃になり、将来の王妃。その候補ともなれば僅かになる。ハーデス自身、その者たちの名前、そして顔も知っている。
だが、その中に意中の人はいない。否、意中の人は今のところどこにもいなかった。
「お兄さま、心に決めたお方はまだですの?」
「ああ……残念ながらね」
「でも……どこかに必ずいらっしゃいますわよ」
「ああ、わたしもそう思っている。わたしの運命の人は必ずいる。どこにいるのかさえ分からないが、一つ分かっていることはある」
一つ分かっていること、その兄の言葉にヘスティアの目が輝く。
「分かっていること! なんですの?」
「オメガだよ」
「オ、オメガ……」
ヘスティアには、兄の言葉が意外で目を見開いて兄を見る。
オメガは蔑まれ、卑しまれた。ために、上層部は無論のこと、王宮に仕える者にもオメガはいない。発情期が嫌われるためだ。
オメガは、その発情期のために、アルファの性の欲望を解消するための存在とされたので、オメガを番にして囲うアルファ珍しくない。国王もその一人であった。
通常、オメガは側室とも認められず、一段低い妾の扱いであった。その子供の扱いも低い。ウラノスが、自分の扱いの低さをひがみ、母を疎んじるのもそこに訳はあった。
兄の運命の人がオメガ……ヘスティアには信じがたいことだ。兄の運命の人、それは将来の王妃。星の国の国母となる人がオメガ……。
「お兄さま、オメガって……どっ、どうして……」
理解の追いつかないヘスティアは、兄にその視線で説明を促す。
「少なくないアルファがオメガと番うだろ。それは、単に性の解消のためが多いけど、運命の結びつきが時折存在するんだよ。それこそ、アルファの運命の人だよ」
「運命の人……?」
「そうだよ、運命の番って言うのかな……通常の番よりも強固な絆で結ばれる。ただし、その相手が存在するのは稀だし、存在しても出会えるかは分からない。つまり、とても希少な存在なんだよ」
「運命の人……何かしら、とても素敵な存在なのね……わたくしにも運命の相手いるのかしら?」
「それはわたしには分からない。運命の相手が存在する人の方が少ないからね。そして、それを自分で感じて確信したら、自分で探さないといけない」
「お兄さまは、ご自分の運命の相手が存在すると確信なさっているの?」
「そうだよ、わたしには存在すると確信している。その人を見つけたい。何としてでも探し出したい」
ヘスティアには、兄の話す運命の存在に、凄くロマンティックな響きを感じる。とても素敵だ。兄の運命の相手とはどんな人なんだろう……。素敵な人に違いない。
「お兄さまの運命の方、どんな方かしら……とても素敵な方なんでしょうね」
「ああ、わたしもそう思っている。早く見つけたい」
「何か手がかりはありますの?」
「今は全くない。ただ、星の国ではないような気がしている。確信は持てないが」
「それは……もし地の国でしたら、見つけるのはとても困難ですわね」
「ああ、だからこそ運命なのではとも感じるんだよ」
そうなのか……そうであればなおさら、兄には運命の相手と出会って欲しいし、自分も出会いたい。
ヘスティアは、夢心地のうっとりした表情になる。その妹の表情を見て、ハーデスは微笑ましい思いを抱くも、まだ幼いなあと思う。
実際、運命の相手を見つけても、当然相手はオメガ。オメガを番にするのは簡単だ。どのアルファもしている。現に父国王にもオメガの番はいる。
だが、妃にすることは大変な困難が伴う。前例が全くないからだ。確実に猛反対が起こるのは火を見るよりも明らかだ。
しかし、それで諦めるわけにはいかない。絶対に自分は、運命の相手を見つけ出し、そして番にし、王太子妃将来の王妃にする。それでこそ運命の相手だからだ。
それが、己の幸せになり、この星の国も栄えることに繋がる。そう、ハーデスは確信している。どんな大きな障壁でも乗り越えて見せよう。
ハーデスは王宮を出て、森を散策しながら物思いにふける。とても良い天気で、爽やかな風が心地良い。
我が運命の相手はどこにいるのだろう……これだけ何も感じないのは、この星にはいないのか?
その時、きらりと光り輝くものが見えた。あれは? あの光の輝きは? その光に向かって歩み寄る。
運命の光だ! あれこそわたしの、わたしの運命の輝きだ!
しかし、その輝きは遥かに遠い、手は届かない――。漸く見つけた運命にあきらめるわけにはいかない。どうにかして掴みたい。
必死に手を伸ばしたハーデス――「あっ! あーっ――」
叫びと共に地へと落ちていくハーデス――側近のヘパイストスが気付いて駆け付けた時には、その姿は消えていた。
「ハーデス殿下! ハーデス殿下!」
ヘパイストスは必死にハーデスの姿を探すが見つからない。何処に行かれたのか?
すぐさま大々的に王太子の捜索がなされたが、杳として分からない。星の国の王太子が忽然と消えることなど、今まであっただろうか?
様々な噂が飛び交った。
その中で、ヘスティアが「お兄さまは、ひょっとしたら地の国へ行かれたかも」とつぶやいた。それが耳に入ったヘパイストスは、そうだ! うかつだったと思った。
ハーデスが、運命の人を求め、ひょっとしたらその人は地の国の人かもしれないと考えていたことを知っていたのを思い出したのだ。
ハーデスの失踪が、余りに突然で、しかも気も通じないことに動転していて、思い至らなかった。
そうか、こんなに急に消えたのはそれだ! ヘパイストスは直ぐに地の国へとやって来た。
この時、早急にハーデスを見つけて、星の国へと連れ帰らねばならない切迫した事情が起きていたのだ。
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