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第29話 半年が過ぎて

 ハーデスが星の国へ帰って、半年になろうとしている。  その間、セティは二度の発情を経験した。その度に憔悴したセティは、毎晩星を見るのが心の支えであった。ゆえに、雨の日や曇り空の時は、淋しさがより募るのであった。  淋しく、悲しい心を押し隠し、皆のいるところでは、無理にでも笑顔を見せた。  そんな、セティの健気な態度は皆分かっていた。分かるからこそ、不憫さはより募るのだった。    セティを元気にしてやりたい。心からの笑顔を見せて欲しい。  それが王室一家だけでなく、仕える従者たち全ての者の願いであった。 「太子よ、そなたはどう思う?」  上宮へ両親のご機嫌伺いに来たウシルスへの父王の下問である。 「どうとは、星の国の件でございますか?」  頷く父。隣では母も難しい顔でいる。 「半年何の音沙汰もございません。おそらく、今後も無いかと」 「そなたもそう思うか、半年だからのーっ」  国王も最初は、半信半疑だった。しかし、今は疑いの方が大きい。ハーデスのセティへの気持ちが本物であっても、一国の国王や王太子がそれに流されるものではない。多分、セティへの求婚はないだろうと思うのだ。 「セティが心配だ。落ち込んでいるのを見ると不憫で仕方ない。妃もだろう」 「はい、最近とみに憔悴しているようで、心配でならぬのです」  国王王妃の表情も暗い。セティに元気がないと、皆暗くなる。 「憔悴しているのは、発情の抑制剤の副作用のようです。体のきつさが心にも出ているのでしょう」 「しかし、飲ませぬわけにはいかない。どうしたものかと……」 「やはり、しかるべきアルファに任せるのが一番ではないかと」 「ハーデス殿がここにおられた時のようなやり方はいけない。降嫁させて、正式な立場で夫となるアルファに全てを任せられればのう。それがセティにとって一番幸せではないか」 「妃の言う通りじゃ。降嫁させるのが一番と、余も思う」  両親の言うのも、もっともだとは思うが、それよりも良い方法がある。しかし、その機会は熟していない。そろそろ本腰を入れねばならぬと、ウシルスは思う。  ハーデスのへの記憶が浅いうちはと、様子を見ていたのだ。性急に進めれば仕損じる。そろそろ皆が、ハーデスの求婚はないと思い始めた。動くのはこれからだ。 「セティの降嫁先を決めるのは中々難しゅうございます。慎重に決めねばなりません。何より、セティが気に入るか。セティの気持ちが一番でございます」 「セティはまだハーデス殿の求婚を信じているのかのう……本人には聞きづらいからのう……」 「それも含めて慎重さが肝要かと」 「ああ、そうだな。降嫁先の選定は表立っての命令は出さぬ。あくまでも水面下で、内々にが良かろう」 「降嫁と言えば、アティスもいい加減降嫁させないとな。そして、ウシルスそなたもじゃ。いい加減王太子妃は必要じゃぞ」 「母上、わたくしの妃の件も考えておりますゆえ、どうかご安心ください」 「ほうっ、そうか! なんぞ心当たりがあるようじゃの。楽しみにしておるぞ」 「両陛下のご機嫌はいかがでございましたでしょうか?」  メニ候の問いに、ウシルスは憂いた顔で応える。 「微妙ではあるな。セティの元気がないからな。お二人とも星の国の件は信じてはおられぬ。降嫁先の選定を水面下で進められるご意向だ」 「さすがに半年になればそうでございましょう。選定は水面下で……直ぐに具体的な動きにはなりませんな」 「ああ、だからこそ今から動かねばならぬ。母上あたりが具体的な候補を探し出す前にな。実際、発情の度にセティが憔悴するのは事実。あまり長くはかけられないとは皆の共通認識だ」  そうでございますな……はてさて、どう動くか。メニ候は主を見つめながら考える。主の思いはただ一つ。その実現のための最適な方法は何か……。  同じころ、セティの件を深く思案する者がいた。ネフェルを養子にと望んだアブジェ公である。  ネフェルがまさか星の国の王太子であった事実は心底驚いた。驚愕の事実だった。  そして、それは同時に己の考えの挫折だった。おまけに、どうやら、その件は王太子ウシルスの不興を招いたのではと、後から気付いた。つまり、ウシルスの思いを察したのだ。それは、勘とも言えるが、確かなことではないかと思っている。  ならば、その思いを実現するために力を貸せないか……要するに王太子に恩を売るのである。 「母上、王妃様とはお話できましたか?」 「ああ、姉上のところでお会いできた。中々憂いておられるご様子でな……セティ様が憔悴なさっておられるようです。やはり、オメガの発情は大変なものじゃな。その為降嫁を考えられるようです」 「具体的な降嫁先は上がっているのですか?」 「それはまだです。セティ様と星の国の王太子様の件があるからな。半年過ぎてあちらも本気ではないだろうが、セティ様のお気持ちもある。余り大っぴらに動くのははばかられるということです」 「そうですか……」  アブジェ公の母は、ウシルスの思いに気付いていない。当然、息子の思惑も知らない。単純に、セティの様子を憂いている、姪である王妃に同情しているのだ。そして、過去のアブジェ公家の申し出はあっけなく終わったが、セティに相応しい降嫁先は無いかと思っている。 「そなた、何か考えがあるのか?」 「はい、実はあります。しかし、それを今、公にすることは憚られるのです。それこそ、水面下で動く事なので……」  息子は何を考えているのか……。何か秘した思いがあるように思われた。 「そなた何を考えている。それは、この母にも明かせぬのか?」 「母上、ある程度事が進むまでは絶対に内密に願います。王妃様や伯母上にもです。確実に事を成就させるためです。その上で母上にも協力願いたいのです」  そう前置いて、息子であるアブジェ公が明かした目論見は、その母には実に意外な事であった。今まで、想像もしたことが無かった。 「確かにな、まこと意外ではあるが、言われてみれば思い当たることはある。王太子妃も決まってはおらぬのも事実……そうか……確かにな」  ならば、協力できることはある。このアブジェ公家がさらに繁栄するためにもできることはしたい。それが、アブジェ公家に嫁いだ自分の役目。そう思った。  ところが、またもや意外な事が起こったのだった。

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