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第34話 父国王に諭されて
セティがケトメ王国に帰ってきた。飛行船から降り立ったセティを母王妃が抱きしめる。
「セティ! ああ、無事で帰ってきましたね」
父、そして兄も抱きしめたいのは山々だが、ここは母親に譲らねばならない。
「母上、お出迎えありがとうございます。セティは無事に帰ってまいりました」
父と兄は抱きしめたいのを我慢しながら、セティの頭を優しく撫でる。愛しいセティ!
「さあさ、中へ入りましょう。今日はセティの好きな物ばかりを用意して待っておったのよ」
母に抱きしめられたまま、セティは上宮に入っていく。母が言うように、セティの好物ばかりが並べられている。母の思いが現れている。セティは嬉しいと思った。
ハーデスへの思いとは別の肉親への愛情を感じる。
母だけではなく、父と兄もセティの帰国を心から喜んでくれている。皆、何やら物凄く久しぶりの逢瀬のような感じだが、実際はほんの五日ぶり。
そこにも、家族のセティへの愛が現れているのだった。
この日の夕餉は、王室一家水入らずで和やかにそして夜はふけていった。
翌日セティのいないところで、国王王妃と王太子ウシルスは、アティスとメニ候の報告を聞く。
「つまり、ハーデス殿の思いはあるものの、王太后は反対していると」
「そういうことと存じます。かなり強い反対かと」
「わたくしとの会談で、ハーデス殿もそれは認められた。打開に努力をするとは言われたましたが」
「オメガに対する扱いは、我が国と同じようなものか?」
「はい、セティ様生誕前の我が国と同じにございます。つまりは甚だ低い扱いにございます」
「すると、王太后の反対も無理はないか」
「ハーデス殿はセティ様の魅力で事態の打開を考えられたようです。実際にセティ様にお会いした方々はセティ様の魅力に魅了されたおりました。しかしながら、お会いになられなかった方々も王太后はじめおりますから。そこが未だハーデス殿の力の及ばない勢力が存在する証左になります」
「即位後半年ではな……未だ若いし、王太后の力は無視できないだろう」
報告をする二人も、受けている三人も考えは同じである。
星の国がセティを王妃として迎えることはないだろう――それが結論だ。
我がケトメ王国に置き換えても、それは分かる。セティの誕生でオメガへの見方は随分と変わった。しかし、それはセティだからとも言える。他のオメガに対する意識が劇的に変わったわけではない。相変わらずセティ以外のオメガの地位は低い。
他国のオメガを王妃に迎えることは考えにくい。それが実情。ならば、星の国も同じだろう。
ましてや、今回の二人の見聞で星の国の文明度はかなり高い。先方から見たら、こちらの国は下に見られてもおかしくはない。下方の国のオメガを正妃に……それは無いだろう。
「ハーデス殿の気持ちに偽りは無かろうが、正式な求婚はない。それが結論だな」
国王の言葉に、皆が同意する。
「問題はセティの気持ちだな。なまじっかハーデス殿の本気の気持ちが仇になるなぁ……」
「指輪を頂いて、とても嬉しそうにしております。セティは信じておるのでしょう」
セティの指にきらりと光る指輪は皆気付ていた。相当豪華なもので、それからもハーデスの本気は分かる。あんなものをもらったら、セティは信じるだろう。こちらとしては、ある意味恨めしいものだ。
「セティの気持ちは時間を薬にするしかないでしょう。わたくしの視察に同行させて気を紛れさせてやりたいと思います」
「そうだな、メンフィスへの視察も良い結果になったからな。王子として忙しくさせて、ハーデス殿のことはいつしか忘れ去る……それが良いだろう。余からセティへは、一度王子の心得を諭してやろう」
「セティは賢い子ですから、陛下の諭しはしっかりと受け止めることでしょう。そうして王子として邁進してくれれば良いのです。我がケトメ王国の大切な王子なのですから」
セティがケトメ王国の王子として自覚を持てば、いつしかハーデスのことも忘却の彼方になるだろう。そう結論した。
セティは上宮へと呼び出された。呼び出し事態は珍しくないので、特段深く考えてはいなかった。
「セティ、そなたも十七歳、やがて十八になろうとしている。ウシルスは十五歳で立太子礼の儀式を終え、公務に励んでいる。そなたもそろそろ公務をと思っているが、どうじゃな?」
「はい、わたくしにできることがあればと思っておりますが」
「先のメンフィスへの同行のように、少しずつウシルスに同行すれば学びも多かろうと思うのじゃ」
「はい、わたくしもそうさせていただきたいと思います」
「よいかセティ、そなたも正嫡の王子。王太子である兄のウシルスを助ける存在にならねばならぬ。それが正嫡の王子の務め。分かるか?」
「はい……兄上の助けになれるように努力せねばと、思ってはおります」
「その気持ちが大切だ。それを聞いて安堵した。そなたは我がケトメ王国の歴とした正嫡の王子。それを決して忘れてはいけない。よいな」
いつにも増して、威厳のある父の言葉。父は今日、それを言いたくて呼び出したのだとセティ悟った。つまり、今のセティは正嫡の王子として相応しい行動をしていないということだ。
確かに己を顧みれば、それに反論は全くできない。セティが考えることはハーデスの事ばかり。王子として何かを考えたのか……何も考えていなかった。
これは、父のお叱り。セティはそう受け止めた。
国王が他の者を叱る時は、こんなことではすまない。叱られた経験のある者は、優しく諭しているだけだが、全く𠮟られた経験の無いセティには、お叱りと重く受け止めたのだった。
ハーデスのことは忘れられない。けれど、王子としても生きなければいけないと、セティはそう思った。
ハーデスの許へ嫁ぎたい。それはケトメ王国の王子として嫁がねばならないのだ。
ただ、ハーデスの求婚を待っているだけでは、余りにも情けない。それはハーデスに対しても申し訳ないことだ。王子としての責務を第一に待たねばならない。
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