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第33話 セティ帰国
メニ候は、セティの随員の筆頭の立場を生かし、星の国の高位高官たちと交流を持ちながら、精力的に星の国の内情を探った。
滞在は五日間だが、その間にこの国の国力と共に、王家の内情もかなりのことが判明した。
王太后が一度も姿を現さないのは、どうやら体調不良だけではないことも分かってきた。詳しいことまでは分からないが、セティの到着直前に、何か不穏な事が起こったことも――。
「メニ候、そなたどう思う」
アティスの下問に、メニ候は硬い表情で答える。
「中々複雑ではありますな。ハーデス国王のセティ様へのお気持ちは本物とお見受けしましたが、正式な求婚は未だ難しい、というか出来ぬ状態でしょう。と考えます」
「ハーデス殿も即位して半年。全ての権力掌握をしているわけではなさそうだと、わたくしも思った。王太后の勢力も強いのだろう。そして、その王太后はセティを認めてはおらぬ……そういうことじゃろうな」
ヘスティアを筆頭にセティと直接会った者は、皆、好意的だ。ヘスティアなど毎日迎賓館を訪れ、セティと交流を持っている。なにやら実の兄弟のようなふれあいだ。
しかし、王太后がセティを認めなければ、ことは難しい。王の生母の意向は無視できない。それは、ケトメ王国でも、どこでも同じだろう。
劣った国の王子、しかもオメガの王子――それを問題にしているのだろう。
この五日間で、国力、文明度全てに星の国の方が勝っていると、それは認めざるを得ない。それは、星の国からしたら、こちらは劣った国になるのだ。
「セティは指輪をもらい喜んでおるが……」
よほど嬉しかったのだろう。セティが時折うっとりした表情で、自分の指に光る指輪を眺めているのを、アティスは知っている。
「その指輪はどうしたのじゃ?」
「ハーデス様から頂きました」
そう答えたセティは、本当に幸せそうだった。
アティスが見ても、指輪は相当豪華なもので、セティに似合っている。ハーデスのセティへの思いは本気なのだと分かる。それをセティも分かっているから嬉しいのだろう。
しかし、今の情勢でハーデスが正式な求婚をするのは無理であろうと思う。セティには可哀そうだが――。
ハーデスはどうするのだろう。考えられるのは二つ。
一つは、正室ではなく、側室、或いは妾として迎える。
もう一つは、時間はかかっても、自らが完全に権力掌握するまで待つのか。つまり。権力掌握して母である王太后にも有無を言わさないのか。
一つ目は論外。星の国の方が、ケトメ王国より優れていようとも、セティはケトメ王国の至宝。王妃としてなら、嫁がせても、側室、ましてや妾などあり得ない。
では、もう一つの道か……。
ハーデスの考えを質すのは、自分の役目とアティスは思う。その為に同行したのだから。
単に物見遊山で来たのではない。両陛下と王太子に託された、セティの保護者の立場としてきたのだ。
「メニ候、明日帰国の前に、ハーデス殿と二人で話そうと思う。ハーデス殿の気持ちを知りたい。こちらも、セティの思いはともかく、折れぬことはある」
「はい、国王の名代の立場として、強気に出ていただきたいと……」
任せておけとばかりに、アティスは深く頷く。
さすがは、ウシルスが一目置くだけのことはある。中々の女傑ぶりに、メニ候は安心する。アティスに任せておけば大丈夫だろう。
「五日間にわたる歓待、まことに心に残りました。皆を代表して感謝の気持ちをお伝えします。ありがとうございました」
「至らぬ点も多々あったと存じますが、楽しんで頂けたのなら幸いに存じます」
「帰国を前に、わたくしがケトメ王国の代表として、陛下に率直にお尋ねしてよろしいでしょうか?」
「もちろんです。なんなりとお聞きいたしましょう」
「セティのことです。陛下はどのようにお考えでしょうか?」
「余が貴国を去る時に申し上げた通りでございます。余の妃にお迎えしたいと、その気持ちは全く変わってはおりません」
「妃とは、正室として?」
「もちろんです。我が国の王妃としてお迎えしたいと、余の王妃になる者は、セティ様以外考えられません。それが余の思いであります。そして此度、セティ様の魅力を知った国民もそれを望むでしょう」
「失礼ですが、お母上、王太后陛下のお考えはいかがでしょうか? 陛下のお考えとは齟齬があるのではなかと感じられたのですが……」
「……恥ずかしながら、そうでございます。母上には、セティ様と会い、直接セティ様の魅力を知って欲しいと思ったのですが、事情がありかないませんでした。大変残念に、かつセティ様はじめケトメ王国の方々には申し訳なく思っております」
会ってくれさえすれば、セティの魅力が分かる。だから会って欲しかったのだが、ハーデスの力不足に終わった。
ハーデスには忸怩たる思いだ。セティとケトメ王室に申し訳ない。
「率直に申し上げてお母上の賛意が無ければ、セティへの正式な求婚は出来ないかと」
「不甲斐なさに恥ずかしいばかりです。しかしながら、必ずや全てを解決し、セティ様への正式な求婚の使者を立てます。少しお時間頂けると幸いです」
「陛下のご誠意は十分感じております。最終的な判断は、我が父、ケトメ王国の国王がしますが、今の状態でセティを嫁がせることは無いかと思います。望まれぬ結婚は、茨の道になりかねませんから。セティは我が国にとって大切な王子でございますから」
かなり踏み込んだ言葉だが、アティスにとって、この会談で言いたいことの全てであった。
セティが王妃として待望されない限り、嫁がせるわけにはいかないと、強い意志を示した。
ハーデスの器が小さければ、無礼な発言と怒りを覚えただろうが、ハーデスは、そうではなかった。
アティスの言葉は最もと受け止めた。己の不甲斐なさを省み、そして奮い立たせたのだ。
必ずや、王妃としてセティ待望論を熟成させると――。
今回の招待でセティに直接会った者は、皆セティの魅力に魅了された。ゆえに希望はある。決して八方ふさがりではない。母さえ翻意させれば良いのだ。
「セティ、あなたを帰したくない思いで溢れています。しかし、今は帰っていくセティを見送ります。次にセティが我が国に来るのは嫁いで来るときです。そして、二度と再びあなたを一人帰さない。星の国をあなたの住まいにすると誓います。どうか待っていてくださいますか」
「はい、ハーデス様を信じております」
ハーデスはセティの手を強く握る。本当は抱きしめたいが、そうすれば離れられなくなるだろう。断腸の思いで踏みとどまる。
王宮の前庭に用意された国王専用の飛行船に、セティは来るときと同じようにヘパイストスの先導で乗り込む。入る直前に一度振り返り、ハーデスを見つめる。二人の視線はしっかりと交差する。
また会う日までさようなら……最愛の人。
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