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第32話 星の国での再会

 セティを乗せた飛行船が王宮の前庭に降り立つ。  扉が開くとヘパイストスが姿を現す。ヘパイストスが恭しくセティを外へと誘導すると、セティが姿を現す。ケトメ王国王子の正装だ。  セティはヘパイストスに手を預け、一歩一歩階段を降りてくる。それをハーデスは下で迎える。  半年ぶりの再会。  二人の間に見えない電流が流れる。  ハーデスは引きつけられるようにセティの手を取り、衝動のまま抱きしめた。  愛する人! 運命の相手! 離しがたい思い。  抱きしめられたセティも、全身でハーデスからの、そしてハーデスへの思いを感じる。  愛する人! この人しかいない! 離れたくない。  ヘパイストスが、咳払いをする。二人の気持ちは分かるが、このまま抱き合っていても――。  ハーデスは我に返ってセティの体を離す。 「……道中お疲れでしょう。体調はいかがでしょうか?」 「ありがとうございます。お陰様で無事に到着できました。国王陛下直々のお出迎え、まことに恐縮でございます」  セティの王に対する丁寧な挨拶に、ハーデスは微笑みで応える。  今の二人は、一国の国王と、王子の立場になっている。 「アティス王女様、お久しゅうございます。セティ様共々此度の我が国への初来訪、心から歓迎いたします」 「ありがとうございます。弟も申し上げましたが、国王陛下の直々のお出迎えまことに恐縮でございます」  セティの後に降り立ったアティスとも、穏やかに言葉を交わす。  その後、ハーデスは後ろに控えていたヘスティアを紹介する。 「妹のヘスティアです。ヘスティア、こちらがケトメ王国のセティ王子様と、アティス王女様だ」  ヘスティアはセティの想像以上の美しさに感動している。こんなに美しい方とは! 兄の思いが理解できる。 「セティ様、アティス様ようこそ我が国へ。心から歓迎いたしますわ。わたくし今感激していますの! セティ様がこんなに美しい方だなんて! ねえ、お兄さま!」 「ヘスティアもそう思うか。その通りだよ。セティ様より美しい方はいない」  兄妹の称賛の言葉に、セティは恥ずかし気に頬を染める。  その姿がまた可愛らしくて、王の後ろに控える重臣たちもセティの魅力に感嘆する。王が、専用の飛行船で招待するだけのことはあると皆が思った。  地の国の王子と聞いて、下界の王子!? という反応の者が多かった。  それが今や皆、地の国の王子とはかように美しいのか! と息を吞む思いでいる。  その後ハーデスは、一行を迎賓館へと案内する。そこは歓迎のための準備が整えられていた。目を見張るきらびやかさだ。 「我が国にご滞在中はこの館をお使い下さい。随員の方々のための部屋もあります。本日はお疲れでしょうから、ゆっくりとお過ごしください。何か不足があれば遠慮なくお言いつけ下さい。明日は、王宮で歓迎の宴を開きますので、よろしくお願いします」 「お心遣い、まことに恐縮でございます」 「それでは、明日またお会いしましょう」  去っていくハーデスを見送ったセティは、未だ抱きしめられた時の感触を感じていた。流れた電流も体に残っている。  ハーデスは見違えるほど立派になっていた。当たり前ではある。即位して国王になられたのだから。  ケトメ王国にいたネフェルとは違う人。ハーデス国王。  が、セティにはあのネフェルと同じ人。  懐かしいネフェルの香りも感じた。ネフェルに違いない。だけど、あのお方はハーデス国王様。  セティは混乱する思いの中、星の国での初めての夜を過ごした。  アティスとメニ候を筆頭とした随員たちは、星の国の豊かさに驚くのだった。想像以上に、発展していて、豊かな国だ。ケトメ王国っも周辺の国に比べれば豊かな国だが、それ以上のものだ。  感心するとともに恐れをも抱く。  接し方を誤れば、ケトメ王国にとって良くない。ハーデスとセティの仲は、二人だけの問題ではない。両国間の行く末に、大きく影響することになる。  特にメニ候にとっては、二人の結婚はあり得ない。セティはケトメ王国の至宝だからだ。ハーデスの出方は慎重に見極める必要がある。恐れの気持ちと共に、身を引き締める。己の役割の重要度の再確認をするのだった。  メニ候は道中の疲れをいやすまもなく、早速部下たちと、星の国の内情を探るべく、密かに動き始める。  翌日セティは、アティスと共に歓迎の宴が行われる王宮広間に、ヘパイストスの先導で入室する。  すると、待っていた星の国の人々が、セティの美しさにどよめく。  どよめきの中、セティは威厳のある姿で、しかし、にこやかに微笑むハーデスの許へ進む。 「ケトメ王国のセティ王子様と、姉上のアティス王女様の我が星の国へのご来訪を、心から歓迎いたします。お二方、そして随員の皆様にもお楽しみいただければ幸いです」  ハーデスの挨拶で、歓迎の宴が始まる。  主賓としてアティスと共に並ぶセティに、星の国の王族や重臣たちが次々と紹介される。それにセティは微笑みながら言葉を交わす。控えめながらしっかりとした受け答えにも皆、感心するのだった。  皆が皆、王がわざわざ専用の飛行船を遣わして招待するだけはあると思った。  セティの美しさと、その微笑みに魅了されたと言ってよい。 「セティ様、母の欠席申し訳ない」  王太后は体調不良を理由に欠席している。その詫びをハーデスは述べたのだ。  事情を知らないセティは、前国王崩御のための喪中と理解した。こちらの方こそ、そのような中で華やかな歓迎の宴に恐縮する思いだ。 「とんでもございません。お会いできないのは残念でございますが、またの機会を楽しみにしております。どうか、王太后陛下には、良しなにお伝えください」 「母上も出席されれば、セティ様の魅力の虜になられたのに残念ですわ」  昨日から、ヘスティアはとても好意的だ。今日も常にセティの側にいて、何かと世話を焼いている。セティもそんなヘスティアがとても心強い。  ここに至る内部事情を知らないセティは、ヘスティアへの印象もあり、星の国へ良い印象だけを持った。  それは、セティにとっては勿論だが、星の国の国民にとっても、良い事になる。  歓迎の宴は華やかに、そして和やかに進み、お開きになり、ケトメ王国の一行は迎賓館へ戻ることになる。  ハーデスはアティスに断り、セティだけを控えの間に誘う。  皆から離れ、ハーデスに付いてくるセティ。 「お疲れではありませんか?」 「大丈夫です。とても楽しい時を過ごさせていただきました」 「それは良かった。改めて、半年もの空白期間、まことに申し訳ない。許していただけますか」 「とんでもございません。御父上のご崩御、そして即位と大変だったでしょうと分かりますから」 「その言葉を聞いて安堵しました。セティ様、決して余は、あなたを忘れた訳ではない。あなたは、余の運命のお方と思っているのです」 「ハ、ハーデス様」  感極まるセティは、既にハーデスの腕の中。愛する人の温もりを全身で感じる。 「セティ様」 「セティと」 「セティ、余の妃になって下さい。我が星の国の王妃になっていただきたい」 「ハ、ハーデス様……ああ、わたくしはあなたのものになりたい」 「ええ、わたくしのものに、わたくしの妃になってくださいますね」  セティは頷き、そしてハーデスに抱きついた。そんなセティをハーデスもしっかりと抱きしめる。 「結婚の約束のしるしに、指輪を用意しています。受け取っていただけますか?」 「指輪!」  セティは眼を大きく見開く。  ハーデスは小箱から、指輪を取り出した。セティのために、特別に作らせた。気品のある造りが、清楚なセティに似合うだろうと、出来上がりを楽しみにしていた。ハーデスの期待通りの出来上がりだ。 「綺麗な指輪ですね」 「そうでしょう。美しいあなたにこそ似合う」  ハーデスはセティの手を取り、薬指にはめる。すると、見事にぴったりとはまる。 「ふふっ、セティの指のサイズは思った通りだ」  はかったわけではないが、ハーデスには分かったのだ。 「王妃になれば、王妃が代々と受け継ぐ指輪もありますが、これは余のあなたへの愛の証。愛のしるしです。正式な求婚まで、余を信じて待ってくださいますか?」  感極まって言葉が出ないセティは大きく頷く。これほどの気持ちが嬉しい。指輪の美しさもだが、ぴったりなのも嬉しいのだ。  セティも正式な求婚は、もう少し時間がかかると思っている。即位したばかりのハーデスが大変なことは理解している。  だが、今まではハーデスを信じながら、どこかで不安もあった。会えないゆえの不安。  しかし、これからはこんな素晴らしい証があるのだ、いつまでも待てると、そう思うのだった。

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