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第31話 エキドナの陰謀
エキドナは、セティ歓迎の宴に母と共に招待されると、初めは意味がつかめなかった。そして、その意味が分かると怒りで一杯になる。
地の国の王子!? ハーデスが失踪中に滞在していた国の王子を招待した。単に世話になったから招待したのなら良い。しかし、どうやらその王子をお妃にと考えているらしいと。
王子をお妃に!? つまり、その王子はオメガ。あり得ない! 全く承服できない。歓迎などもってのほか!
エキドナの怒りは収まらない。
「お母さま、一体どういう事ですの? 王太后さまはなんとおっしゃってますの?」
「もちろん、そのようなこと許しがたいと。ずっと反対なさっておいでよ。ただ、ヘスティアとヘパイストスが強力に推しているのよ。招待もあの二人が主導しているの。何でも直接会ったヘパイストスが、その王子はとても魅力的だからと」
魅力的!? 大方オメガのフェロモンを無駄にまき散らしているのだろう。忌々しい。
「歓迎の宴、どうなさいますの?」
「そうじゃの、国王陛下の要請を無下に断るのも……姉上のご意向をお聞きしてからじゃな」
そんなこと即座に断るの一択なのに、母上は弱気だ。王妃の座を賭けて今が正念場なのに、下界の卑しいオメガに負けるわけにはいかない。
そしてエキドナは、ヘスティアとヘパイストスが大嫌いなのだ。ヘスティアに対するものは嫉妬心からくるもの。ヘパイストスは、そんなヘスティアと仲が良く、二人でいつもハーデスの身近にいることが鼻について仕方がない。
ヘスティアはおっとりした性格もあり、エキドナの心の内に気付いていないが、ヘパイストスは気付いている。また、エキドナの狡猾な性格も知っている。ハーデスに対しては媚びて微笑みを欠かさないが、他の者には冷たく当たることも知っている。
ヘパイストスは、常からエキドナの動きには十分警戒していた。今回、地の国へセティを迎えに行くにあたり、自分と同じ幼少の頃からの側近であるペルディッカスに後を託していた。
ペルディッカスもエキドナの人となりは知っているので、言われなくともそのつもりでいる。
その後エキドナは、ヘパイストスが国王専用の飛行船で地の国へ行ったことを知る。衝撃の事実だ。
国王専用は文字通りで、他の飛行船と比べると格段に豪華なのだ。それで向かったとは……ハーデスの思いが知れる。
まさか本気なのか……許しがたい。
国王専用の飛行船は王妃になった自分がハーデスと共に乗るもの。それを、卑しいオメガが乗れば、汚れてしまう。そんな汚れた飛行船は必要ない。新たに作り直さねば。
エキドナの思考は、飛行船ごと消し去る方へと向かう。
卑しいオメガと、汚れた飛行船を消し去る。ついでに目障りなヘパイストスも消える。
事故に見せかけて――。
飛行船自体に細工することはできない。
飛行中に狙うのも不可能。
ならば、着陸時に狙うしかない。着陸地に爆弾を仕掛け、降り立ったら爆発する。爆発してしまえば、証拠は残らない。飛行船自体が爆発したとなるはず。
エキドナとその浅はかな取り巻きは、そう考えた。そして、動いた。
ペルディッカスは、エキドナたちの動きは察知していた。そして泳がせていたのだ。何か、決定的な形で動くまで。
そうでなくては、仮にも王女を質すことはできない。
動かぬ証拠をつかむまで、ハーデスにも知らせずに探ったのだ。
ほどなくして、計画の全貌をつかんだ。そして、呆れた。余りに稚拙だからだ。
実行犯を捉え、厳しく取り調べると、指示役を吐き、あとは芋ずるだった。主犯がエキドナと判明するまであっという間だった。従った者たちに忠誠心などないので、エキドナの指示だったと簡単に明かしたのだ。
これがハーデスだったら、側近たちは忠誠心の塊なので、例えどんな拷問にかけられてもハーデスを守ったことだろう。しょせんが利につられた取り巻きの悲しさだろうか。
ペルディッカスは国王ハーデスに、事の次第を報告する。
エキドナの周囲は、ペルディッカスの部下が見張っている。身柄拘束の許可が下り次第動けるように。
「エキドナが……そこまで浅はかであったとは……」
ハーデスにもエキドナの人柄は分かっていた。自分には媚びるが、その他の者たちに対する態度が冷たい事にも気付いている。ゆえに、セティに出会う前から、エキドナは王妃になる器ではないと思っていた。
しかし、異母とはいえ妹であることは間違いない。どこかしかるべきところへ降嫁させたいと考えていた。王女に相応しい幸せを願ってもいたのだ。
それが裏切られた思いだ。そこまで考えるとは……。
「陛下のご命令次第、拘束する手はずですが」
「そうだな、直ぐにそうしてくれ。問題はその後の処遇だな……」
ウラノスといい、エキドナといい何故自分の異母弟妹は、こうも問題を起こすのだ。二人共野心があり過ぎる。無駄な野心が無ければ、国王の異母弟妹として幸せに暮らせるものを……ハーデスは深く嘆息する。
エキドナ逮捕に向かうと、本人、そして母親も半狂乱になって抵抗したが、粛々と行われた。
母親は連れて行かれる娘を呆然と見送ると、直ぐに姉である王太后の許へ駆けつける。
王太后も妹の知らせに、驚愕する。エキドナを王妃にと強力に推していたからだ。
「エキドナが何をしたのですか? 王女を拘束するなどあり得ません」
「わたくしの飛行船を爆破しようと企んだのです。国王専用の飛行船です。しかも、乗っているのはわたくしの大切な賓客。そして、国王補佐官を初めわたくしの大切な家臣たちです。飛行船が爆破したら、皆死んでしまったでしょう」
そもそも国王専用の飛行船を爆破するだけでも重罪なのだ。それが、乗っているのは国王自ら招待した賓客。その立場は重い。その身を傷つけるのは、国王に対する反逆行為だ。歓迎の宴に欠席するのとでは重要度が違う。
それは、王太后にも分かる。全く臍を嚙む思いだ。浅慮なことをした。
王太后は歓迎の宴には欠席の意向だったのだ。自身は、認めないという意思表示を示すために。
国王の結婚に、国王の気持ちなど関係ない。庶民の結婚とは違う、国王の結婚は国の国事行為だからだとの思いがある。オメガの王子をそれほどまでも気にいったのなら、妾にすればいいと思っている。
だから、今回の地の国の王子の招待と歓迎の宴もやり過ごせばよいと考えていたのだ。
それを、全く愚かなことを……。
王太后としても、エキドナの助命を願うしかなかった。もとよりハーデスとて、重大な国王反逆罪、通常は処刑だがそこまでは考えていなかった。異母とはいえ血の繋がった妹だからだ。
「陛下、エキドナ殿の処遇はいかがいたしましょうか? 明日にはセティ様が到着されます。その前に決めておかれた方がよろしいかと」
明日は華やかに歓迎の宴を開く。その前に懸案事項は解決しておいたほうがいいとの、ペルディッカスの言葉。それはハーデスも同じ思いだ。
「処刑は母上からも、叔母上からも泣きつかれた。余もそこまではと思う。生涯を幽閉で」
「助けられたとしても、感謝の念は持ちますまい。後に遺恨を残さないよう厳重に幽閉をと考えますが」
エキドナのような人間は助命されて感謝はしない。どころか、恨みの思いを募らせまた何かをしでかす。ペルディッカスの懸念はそれだった。本当は処刑して消し去るのが一番だが、ハーデスの思いも理解できる。ならば、決して外へは出さず、厳重に幽閉するしかない。
「ああ、そうしてくれ」
斯くして、王妃の最有力候補は、本人の浅慮な行為で消えた。
明日に迫ったセティの到着を待つばかりとなった。
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