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第41話 指輪が心の支え
セティは、まさか自分がウシルスの妃になることを決められたとは夢にも思っていない。
両親も、姉兄も今や星の国の事も、ハーデスの話題を出すことは全くない。忘れ去ったような扱いだ。
しかし、セティは固く信じている。一度も疑ったことはない。必ず、ハーデスは自分を迎えに来ると。
星の国の宰相が携えてきたハーデスの親書。セティにはそれを疑うことはできない。
ハーデスを信じているけど、会えないことは辛い。
会いたい、会いたい、会いたい。
その思いは募るばかりだ。会えないことが、より思いを強くしていることもあるかもしれない。
そんなセティの心の支えは、夜になると星を見上げること。
セティにはハーデスの星が分かる。
いつもきらりと光り、ハーデスが『ここだよセティ』と言っているように思えるから。
その星に向かって、いつもセティはハーデスに語りかける。
今日あったこと。何処へ行って、何を食べたかも話すのだ。
時には、星にいるハーデスへ聞かせようと竪琴を奏することもある。
そうする一時は、ハーデスに会えないセティにとって、心が安らぐ。ほんの少しだが、ハーデスに会えない淋しが和らぐのだった。
そして、自分の指に輝くハーデスから贈られた指輪を見つめる。指輪を付けていると、ハーデスが側にいるようにも感じる。
指輪は、今のセティにとっては心の支えでもあった。
ハーデスの事ばかり考えていても、セティは以前に父王から諭されたことを忘れてはいない。
王子として、与えられた公務にはきちんと励んでいた。
セティの王子としての公務は、全てウシルスに伴うもので、王子というよりは王太子妃としてのもの。ウシルスが父王の許しも得て、そう仕組んでいるのだ。つまり、セティを王太子妃にするための布石。
セティは無論ウシルスの思惑など何も知らないから、王子として一生懸命に励んでいる。
公務に励んでいると、一時ハーデスを思う辛さから解放されるのも事実。気が紛れるのだ。
セティを常に傍らに伴いウシルスは満足だった。
セティの評判はよく、なんの抵抗もなく王太子妃として受け入れられるだろう。それは間違いないとおもう。
今でもセティに対する扱いは、王太子妃へのそれだった。
セティが指輪を常に付けていることは、無論ウシルスも知っている。
一刻も早く外させたいが、ことを急いたらいけない。そう思って、今は許している。
外堀は完全に埋めた。内堀もほとんど埋めている。
残るのは――。
アティスの助言。
セティが自分自身で心の区切りをつけるためには、ハーデスの約した半年を待つことが良いのでないか。
半年後何もないなら、セティもそれで諦められる。
セティは賢い子だ。自分で自分の思いに区切りをつけるだろう。それがアティスの考えだ。
ウシルスは姉の助言を聞き入れた。自分でも確かにそうだと思えたから素直に聞き入れることができた。
つまり、アティスもそうだがウシルスも、ハーデスの半年後自らセティを迎えに来るとの言葉を信じてはいなかった。
半年ただ待つだけではない。その間に着々とことを進める。
ウシルスにとって半年は、無駄に過ごす時ではないのだ。
番のいないオメガには、悲しい性と言える発情期は、セティにも容赦なくある。
発情期の何たるかの知識を持たないセティは、体の中が疼くような熱さに耐える。ただひたすらハーデスを思い、その名を口にしながら悶えるしかない。
そして、侍医が処方する睡眠を誘う強い薬で抑えるのだった。
「ようやく眠ったようだな」
ウシルスの言葉に、セティの額の汗を拭いてやりながらヘケトが頷く。セティの発情は側仕えの者たちにも辛いのだ。
可哀そうだが、侍医の処方する苦い薬を飲ませてやるしかない。火照った体から流れる汗を拭ってやるしかできない。
「可哀そうだが、この辛さも今回で終わる」
辛い発情期。それも、今回で終わる。皆、ウシルスの言葉に安堵の思いを持った。
そう、次の発情には、セティを妃にして番になる。それは、ヘケトたち側仕えの者も知らされていた。その旨心得て、ことを進ませるようにと。
しかし、セティには知らせるな。なぜならば、時を見てウシルス自身が伝えるからと。
つまりは、知らないのはセティだけなのだ。
ヘケトも最初は驚きもしたが、考えてみればそれが一番良いと思うのだった。
セティがウシルスの妃になれば、何の心配もいらない。セティは生涯ウシルスに守られて幸せに過ごすことができるだろうと思える。
この国のためにも良い事と思う。大神妻のお墨付きも得たとのことがその証左。
ヘケトは、ハーデスの人柄をネフェルと呼ばれた時からよく知っている。優しい人柄、王としてのハーデスは威厳もあった。つまり、好感を持っている。
しかし、星の国へセティが嫁ぐのは現実的でないと思っている。
星の国の王様との恋物語。おとぎ話では素敵だが、いざ現実になると、そう簡単なものではない。
おとぎ話と現実は違う。そう思うのは長年生きてきた堅実な大人にとっては当然のことなのだ。
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