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第40話 セティをウシルスの妃に
ネケン公へ大神妻への働きかけを依頼したアブジェ公は、ほどなくしてネケン公からの呼び出しを受けた。
「義兄上、わたくしがお願いした件でございますか?」
「ああ、大神妻は直接王太子殿下と会いたい。本人に直接会わなければなんとも言えるものではない。そういうことじゃ」
「それは確かに」
アブジェ公は、最大の関門を乗り越えた手応えを感じた。会うことすら叶わないなら、話は全く進まない。少なくとも大神妻が会おうということは、脈はある。
「王太子殿下がまこと本気なら、大神妻への面会を申し出て下さるようにと、よろしいかな」
「もとより承知にございます。早速そのように計らいます」
ネケン公への言葉通り、アブジェ公はその日のうちにメニ候へ接触する。
「なんと! それはまことでございますか」
日頃無表情のメニ候が喜色を現す。
「ネケン公からの話なので間違いござらん。早速そのように取り計らってもらえるか」
「勿論でございます。アブジェ公殿のご尽力感謝いたします」
こうして、王太子ウシルスは大神妻との謁見のために大神殿へと赴いた。
「本日は、わたくしのために貴重なお時間いただき感謝を申し上げます」
「太子殿、お久しゅうございますな。壮健そうなごようす何よりです」
謁見は和やかな様子で始まった。大神妻にとって、ウシルスは孫のような存在。そして、ケトメ王国の大神殿を預かる身として、その成長には常に気にかけていた。
「わたくしが何を望んでいるかは、聞かれておるかと」
「ええ、弟のネケン公からあらましは。だが、太子殿の口から直接聞きたい。このような重大事、又聞きで判断を下せるものではないからな」
ウシルスは一泊置いて話始める。
「はい、弟のセティを我が妃にしたいと願っております。セティは同母の弟であり、オメガであります。つまり二重の意味で前例がございません。大神妻様、いかがお考えになりますか?」
大神妻はウシルスの顔を、じーっと見つめる。心の奥底まで見つめるように。
見つめられたウシルスは、己の心臓が脈打つのを感じる。しかし、グッと堪えて、腹を据えて大神妻を見つめる。
暫しの沈黙――微かに二人の息遣いだけが感じられる空間。
「太子殿、全ての前例に最初があるが、その最初の前には、前例はなかった。今のわたくしにはそれだけしか言えません」
それは、ウシルスの望んだ答えだった。ウシルスの顔が輝く。
「大神妻様っ」
大神妻には、ウシルスの妃がセティとは思えない。しかし、セティには輝く地位が保証されているように思っている。そこの整合性が合わないが、ウシルスが強く望むなら、セティの輝く未来はウシルスの王妃としてのものか……確証はない。
大神妻とて、全ての未来を見通せるわけではない。確証がないため、濁した言い方になった。
ウシルスは肯定の見解を得たと思った。否定を得た訳ではないので、ある意味間違ってはいない。
大神妻の見解に力を得たウシルスは、両親である国王王妃に会うため上宮を訪ねた。
「本日は父上母上にお話があって参りました」
「改まってなんじゃ」
「昨日、大神殿へ行き大神妻に謁見してまいりました」
「大神妻に?」
「セティを我が妃にと考えております。それで大神妻の見解を伺いたく参った次第にございます」
「セティをそなたの妃にと!」
「実は前々から考えてはおりました。しかし、同母であることも、オメガであることも前例がございません。その為、大神妻の見解を頂きたかったのでございます」
前々から……だから自身の妃を長く決めなかったのか。両親には、今更ながら腑に落ちる。
「で、大神妻の見解はいかがだったのか?」
「前例はつくるものだと。全ての前例の最初は前例無きこと」
「そうか……つまり、それは肯定だな」
「はい、問題はわたくしの意思の強さ。それだけだと。もちろん、わたくしには強い意志がございます」
国王にとっても、王妃にとっても驚く事実。まさか、ウシルスがそのような思いを抱いていたとは……。ウシルスにはセティを守って欲しいとは思っていたが、それは兄としてで、二人を娶せると考えたことはない。
だが、良いのかもしれない。既に大神妻の見解は良しと出ている。ならば、何も問題はない。
ウシルスの相手はともかく、セティのお相手選びは容易ではない。セティ自身は星の国のハーデスを思っているだろうが、両親共に、あまり信じてはいない。
セティの相手がウシルス――何の心配もないではないか。今まで通りセティを見守っていかれる。
むしろ、今までなぜそれに気付かなかったのだろうとさえ思う。
国王と王妃は、顔を見合わせて頷き合った。お互いに同じ思いでいることが分かる。長年共に生きて来た伴侶ならではの通じ合い。
「よし、承知した。そういうことならそれが一番良いと余も思う。そなたが思うようにことを進めてよいぞ」
「ありがとうございます」
「アティスにも知らせねばなりませんね。肝心のセティにはどう伝えるのじゃ?」
「はい母上。姉上には直ぐに知らせます。セティには時を見てわたくしが直接話します」
その後、話を聞いたアティスも賛意を表した。アティスは薄々ウシルスの思いを感じるところがあったので、直ぐに納得できた。姉として二人の弟たちが娶せられ、幸せになるなら言う事はない。
アティスはハーデスの人柄は信用していたが、セティが星の国の王妃になるのは現実的でないと考えていた。
ウシルスに愛されて、ケトメ王国の王妃になるのがセティの幸せかもしれないと思うのだった。
こうして、セティ本人の知らない間に、セティはウシルスの妃になることが決められた。
王室一家をはじめ、ケトメ王国の中枢は、セティはウシルスの妃になる者として進んで行くことになる。
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