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第39話 ハーデスの本気 そして母の了承
成果なく帰国した宰相の報告にもハーデスの気持ちは変わらない。
もとより、簡単に承諾の返事をもらえるとは思っていない。セティがケトメ王国でいかに大切にされているのか、ハーデス自身が一番よく知っている。
至宝とも言われる王子を、未知の国へ嫁がせるのは心理的にも障壁は大きい。
だからと言って、諦めるわけにはいかない。ハーデスにとってもセティは宝なのだ。
準備万端整えて自ら迎えに行く。その時は、どんな反対にも屈しない。最悪、浚ってでも連れ帰る。勿論、それは避けたいが。
「ケトメ王国の返事は承知した。しかし必ず半年後、余自らセティ殿を迎えに行く。その方針自体変わりはない。皆、そのつもりで急ぎ準備に取り掛かるように」
王の命令が下った。宰相はじめ臣下たちは皆直ちに行動に移る。全権掌握した国王の命令は迅速にいきわたる。
星の国は、国を挙げて王妃奉迎の準備に沸く。それは、国民皆の待ちわびたことでもあった。漸く、若き国王に王妃を迎えることができる。即位式には国王王妃が並び立つことになる。その期待と歓迎。
国中が王妃歓迎に沸く中で、一人憮然と過ごす者がいる。国王の生母、王太后である。
いつの間にか忘れられた存在になってしまった。王妃時代に追従した者たちも離れて行ってしまった。一人取り残された思いでいる。
しかも、あれほど反対した地の国の王子を王妃に迎えるため国中が動いている。それに抗うことは不可能だろう。その無力感。
一人侘しく暮らす母をヘスティアは気にかけていた。今までも幾度か働きかけた。セティの素晴らしさを伝え、母上もセティを認めるようにと。
しかし、母は頑なだった。そんな母にヘスティアも半ば諦めの気持ちを持っていたが、やはりこのままではいけない。セティにとっても良い事ではない。
ここは、自分が尽力して打開せねば、ヘスティアはそう思った。それが皆にとって一番良い事。
「母上も一緒にセティ様を王妃として迎えましょう。兄上もそれを望まれています」
ヘスティアは母の手を取り訴える。
自分の娘だというのに、兄の方ばかりに付いているヘスティアを苦々しく思うものの、このまま意地を張れば益々己は蚊帳の外。それも面白くない。己は国王の生母なのだ。
「あれは、王太后宮に顔を見せることも少なくなった」
母の言葉に、ヘスティアは母の真意を知る。ハーデスから歩み寄れば、母は了承するだろうと。母としての意地があるのだ。
ヘスティアは早速に母の真意を伝える。
「兄上から母上に歩み寄って下さい。母上もそれを待っておられると、わたくしは感じました。セティ様のためにも、ここは母上と真の和解をされた方がよろしいかと存じます」
「ああ、そなたの言う通りだな。分かった、余から母上にはお話しよう。ヘスティア、ありがとう。そなたの尽力にはいつも助けられる」
「兄上のお力になっているのならば、わたくしも嬉しいですわ」
行動の早いハーデスは直ぐに母を訪ねた。
「母上、ご無沙汰しております。ご機嫌はいかがでございますか」
「見ての通りじゃ」
「顔色はよろしいようですな」
笑顔のない母に引きずられないように、ハーデスはにこやかに続けた。
「今日は母上にお願いがあって参りました。以前にもお話しましたが、地の国の王子セティ殿を王妃に迎えたいと準備を進めております。母上にも是非、セティ殿を王妃としてお認めいただきたい」
「今更わたくしが反対しても、決まったことでしょう」
「率直に申し上げてその通りですが、母上にも認めていただきたい。それがこの国の行く末にも幸いとなります。母上には、王太后として若い余とセティ殿を助けていただきたい。特にセティ殿には、王妃の心得などご教示いただけると、セティ殿にも心強い。余はそう考えております」
つまりは、母がセティを受け入れてくれるならば、王太后としてきちんと遇する。そういうことだ。
認めないならば、ここで一人侘しく暮らすことになる。いつしか忘れ去られる存在になるだろう。どう足掻いても、セティは王妃に迎えられる。今のハーデスにはそれだけの力がある。それは王太后にも分かる。
長年王妃として生きてきたのだ。国の権力構造を見極める力はまだある。我が息子ながら、ハーデスは見事に国の全権を握った。この短期間に鮮やかな手際だった。もう誰もハーデスの意向に逆らえない。母である自分も含めて。
「分かりました。わたくしとて王であるそなたの意向に逆らおうとは思わぬ。で、今後の事の進み次第は? 亡き国王の埋葬の儀式もあろう」
「はい、それを済ました後、余が直接迎えに参ります。そして揃って即位式に臨みます」
そうか、国王自ら迎えに……それほど思いが強いのか……。今更ながらハーデスの思いの強さを知り、これは反対など所詮は無駄であったと思い知る。
「先方は承知されておるのですか」
「実は、宰相のアッタロスを遣わしたのですが良い返事をもらえませんでした。セティ殿は、ケトメでは至宝とも言われる存在ですから無理はありません。ゆえに余が直接迎えに行くのです」
なるほど、セティとはそれほどの存在なのか……。皆が魅了されるのも無理はないのか。
「ならば、その折にそなたの本気の思いを伝えねばならぬな……少しお待ち下され」
そう言って、母は奥へ行き、手に重厚な箱を持って戻って来る。
「母上、それは……」
「そうです。代々王妃が受け継ぐ首飾りです。わたくしも先代の王后陛下から受け継いだのです。これをセティ殿にそなたから贈るとよい」
ひときわ豪華な首飾り。並みの者が付けるのを拒む威厳のある品。しかし、セティが付けるのなら決して負けることなく、むしろその美しさの引き立て役になるだろう。
これを贈れば真に母もセティを認めたことになる証左。ハーデスは嬉しさと共に安堵する。セティを迎えるための最大の障壁が取り除かれた。
「母上、ありがとうございます……嬉しいです」
母と和解し、その理解を得たハーデスは益々セティを迎える準備を加速させた。
そして、亡き父王の崩御一年後、埋葬の儀式を滞りなく済ませる。父王の喪が明けることで、国中がいよいよ慶事への期待と喜びに満ちて行くのである。
ハーデスは自らセティを迎えに行くための準備万端整えた。そして、万を期して飛行船に乗り込んだ。
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