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第44話 ハーデス帰国
ハーデスは、ケトメ王国に降り立った時から身の内の熱を感じていた。セティを求める熱情。会いたい、そしてその身を抱きしめたい。
一目でいい会いたい。しかし会えば、この激情を抑える自信はない。
三月の後会える……そしてその時は……。今は……耐えて、会わずに帰国することを決める。代わりに、ヘスティアに伝言を託した。
「セティ様! お会いできて嬉しゅうございます!」
「わたくしもです。初めてお越しいただいたのにお出迎えもせず申し訳ございません」
双方満面の笑みで再会を喜び合った。
「兄上の求婚を受けて下さり本当に嬉しゅうございます。セティ様のような素敵なお方を王妃にお迎えできるなんて、本当に幸せですわ」
「ヘスティア様……」
セティはヘスティアの賛辞に頬を染める。そんなセティがヘスティアは可愛らしいと思い、兄にも会わせてやりたいと思う。
「兄上もセティ様にお会いしたい思いは溢れていると思うのですが、お会いしたら激情を抑えられないと……兄上の気持ちを汲んでいただけますか」
セティも会いたい。しかし、確かに会えば理性は効かない、そう思えた。
二人には今はまだ王と、王子の立場がある。それをおろそかには出来ない。結婚を許してくれた家族のためにも。
「はい、わたくしも同じにございます。お会いしたいのは山々ですが、この度はお会いしないのがお互いのためかと……」
ヘスティアはセティの応えに安堵する。やはり、兄の決めたお方。可愛らしいだけではなく、理性の働くお方だと。
「セティ様に理解していただき、わたくしも嬉しゅうございます」
そう言いながらヘスティアは兄に託された物を取り出した。
「これを兄上から託されました。我が国の王妃に代々受け継がれる首飾りでございます。今回の来訪の前に前王妃である母上が兄上に託したのです。兄上が直接付けてあげたかったのですが」
セティは首飾りの豪華さに息を吞む。星の国へ行ったときハーデスの母とは会えなかった。それが悲しかったが、こうしてこれを託されたと言うことは自分を認めて下さったのか……それが嬉しい。
「このような貴重なものを……嬉しいです。本当に、心から嬉しいです。ありがとうございます。そして、これは三ヶ月後ハーデス様にお会いした時、直接付けていただきたいと思います。それまで、大切にわたくしが持っておきます」
セティのこの返事を、ヘスティアから聞いたハーデスは、セティの己への思いが感じられて殊の外喜んだ。
その後セティは、ヘスティアから宰相はじめ随員を紹介される。それはまるで王妃に対する謁見のようであった。
セティは、宰相の同行にも驚いたが、将来自分の侍従長と女官長になる予定の者の同行にはより驚いた。ハーデスの、そして星の国の自分への配慮を感じ嬉しく思った。
「今回侍従長と女官長を同行させたのは、セティ様のお世話を直ぐに出来るためとの思いでした。セティ様が嫁いで来られたら快適にお過ごしできるように整えておきますから、どうか安心して嫁いでくださいませ」
「ありがとうございます。何から何まで手厚いご配慮、心から嬉しく思います」
セティとヘスティアが和やかに会談している間にも、ケトメ王国側と星の国側の折衝は続いていた。
ケトメ王国側はメニ候、星の国側はヘパイストスがその任にあたっている。双方が、我が主の意を最大限に通すようにと、静かな火花を散らしていた。
「ご帰国の折に、わたくしも同行させていただきたい。だが、悲しいかな我が国には飛行船がありません。厚かましい願いとは思いますが、半月ほどの滞在の後、送り届けていただきたい」
メニ候の要求は、自分が直接星の国へ行き、国の情勢を確かめたいということ。これはウシルスの意向だ。自分の最側近のメニ候の目で確かめないと不安が残るとの思い。
その要求にハーデスは理解を示した。この際心ゆくまで星の国の現状を確かめ、安心してセティの嫁ぎの準備をしてもらいたいと思うのだ。
「貴国の要求最もと、我が主も申しております。ただし、貴殿を送り届けるのに王室専用船は使えませんがよろしいですか」
「それは勿論でございます。ご配慮感謝申し上げます」
そしてハーデスの意向も伝えられる。
メニ候を送り届けて、星の国へ戻る折に、セティと共に星の国へ行くうちの何人かを連れて行きたいと。つまり、その者たちにはセティより先乗りして、星の国でセティを迎えて欲しいとのこと。
ケトメ王国の者がいれば、星の国側もよりセティを迎える準備が整うとの思い。
これには、ケトメ王国側も異論を申すまでもなく、よりハーデスのセティへの思いを感じられた。メニ候が戻る半月の間に人選を急ぐことになる。
「慌ただしい滞在となりましたが、一度星の国へ戻ります。三月の後再訪させていただきます。この度の様々なご配慮に感謝いたします」
「急なこととて何のもてなしもできませんでしたな。それは三月の後ということで、道中お気を付けくだされ」
そしてハーデスは、王妃、アティス、そしてウシルスとも言葉を交わして飛行船へと乗り込み星の国へと帰っていった。
セティは見送りの場へは姿を見せず、王子の宮の中庭からハーデスの飛行船を見送る。
少しずつ遠ざかっていく飛行船は、段々と小さくなる。見えなくなるまでセティは空を見上げていた。
とうとう一度も会うことは無かったが悔いはない。三月、あと三月などあっという間に過ぎる……そう自分に言い聞かせるのだった。
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