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第8話 イノセントすぎだろって

【イノセントすぎだろって】  ふ、と目を覚ますとカーテンの無い窓から朝日が差し込んで部屋が明るくなり始めていた。シャワーすら浴びずにあのまま朝まですっかり眠ってしまったらしい。 「う、やべ……最悪」  床で寝たせいで体がバキバキだ。ここはずっと使われてなかった部屋だから、ホコリを吸い込んで喉も痛い。ゆっくり起き上がるとスル、と左手首を掴まれた。 「んん、まだ夜……」 「もう日の出だっつーの」  少なくとも俺だけでも身なりを整えないと、と手を離させて立ち上がる。シドニーが起きてくる前にさっさと動こう。 「お前も体痛くなるぞ、もう遅いだろうけど」  グッと伸びをすると肩と腰がポキポキと音を立てる。とにかくシャワーを浴びてシドニーを起こして、朝メシ食って、ゲートの内側まで送り出したら帰ってきて二度寝だ。今度はちゃんとベッドで。  なんかカピカピのシャツを脱ぎながらショットの部屋をそっと覗いてみるとシドニーはまだ眠っているようだった。俺たちが一晩中いなかった事に気付いていないだろうか。 「……」  いや気付いてるよな、きっと。引き取った初日だってのに。 「はぁ……」  洗濯物カゴに適当に服を突っ込んでシャワーを浴びる。ともすると昨晩の事を思い出してムラムラしちまいそうになったから、慌てて朝メシをどうするか考える事に集中した。 「シドニー、そろそろ起きろよ」 「起きてるぅ……」  ぐずぐずしているシドニーから毛布を奪い取ると不服そうな声が上がったが、無視してパンをトースターにセットする。 「起きたら家に誰かいるって良いなぁ」  当たり前のことを呟きながらボサボサの髪のままシドニーが洗面台に歩いて行った。 「ほんと、屋根があって、ベッドがあって、そのうえ朝ご飯まで勝手に出てくるなんて」 「これからはそれが当たり前になるさ」  俺はそう言ってシドニーの額にキスをしてやった。ちなみにこのトースターはリドルが古くなったからってくれたやつだ。まだまだ使えるのに、贅沢なやつ。 「じゃ、気をつけて行ってこい」 「ありがと!」  朝から元気よく走ってったシドニーをゲートで見送って、やれやれと踵を返す。 「ふぁ、ねむ……」  とにかく二度寝だ。早くベッドで寝たい。朝だっていうのに、どっか遠くでは喧嘩のような騒ぐ声が聞こえてくる。どいつもこいつも元気なこった。  ***  どれくらい寝てたのか、腹が減った感覚でふと目が覚めた。キッチンにはロクなもんが無かったからとにかくパスタを茹でる。剥がれかけの壁紙を見つめて肉が食いてえなとぼんやり考えながら「レトルトのミートソースは肉じゃねぇ」と誰にともなく呟いたりした。スパイスは好きだから常備してんだけどな。  食べ終わったあと、洗濯物たまってるし昨日の毛布も洗わねぇとな……と思いながら端の部屋に行くとショットはまだ床で寝ていた。 「おいそろそろ起きろよ、体痛くなんぞ」  毛布を寄越せと引っ張れば不満げなうめき声が上がったが無視して強引に引き抜く。 「ほら、そろそろ起きろって」  ショットを起こそうと横にしゃがむと腕を引かれて逆に倒されてしまった。文句を言おうとしたけど、ご機嫌そうに頭を撫でられて恥ずかしくなる。 「……こらやめろってば」 「おひるね、する」 「お前はずっと寝てんだろうが……ぅわっ」  バカ力でぐるっと仰向けにされて、押し倒されてるような形になった。 「ちゃたさわりたい」 「あ、あのなぁ……!」  ど直球に言われて思わず顔がカッと熱くなる。 「んっ……」  唇をベロリと舐められて、その舌の熱さとフスフスと漏れる鼻息にマジで興奮してんじゃんとおかしくなった。 「だから発情期の獣かよテメーは」 「なに」  まあ仕方ねぇよな、昨日知ったんだもんな、と考えたらこいつがまるで思春期男子に思えてきた。 「何でもないから……分かったよ、ほら」  もう一回キスしようと俺から誘った瞬間、廊下の方からシドニーの声が響いてきた。 「ととー?とーちゃーん?」 「は?やっべ!もう小学校終わる時間だったか!」  ショットを押し退けて慌てて俺は薄暗い廊下に飛び出す。 「シドニー!悪い、ここだ」 「あ、とーちゃんただいま」 「お邪魔してまーす」  部屋に戻るとリドルとシドニーがリビングの机に腰掛けて朗らかに談笑中だった。 「ああ、送って来てくれたのか……ありがとうリドル」 「ひとりで歩いてたからビックリした」 「それくらい大丈夫かなって思って」 「大丈夫じゃねーよ、ごめんなシドニー」  小さい頭を撫でて抱き上げる。 「じゃあ帰るよ。|あいつ《ブラッドレイ》が来たら厄介だし」 「おお、そうだな。じゃあな」  改めて礼を言うとどさくさに紛れて頭を撫でられた。それは許可してねえ。 「おいこら」 「じゃ」  パタンと扉が閉まったタイミングで抱っこしてるシドニーの腹がくぅ、と鳴った。 「パスタでいいか?」 「なんでもいいよ」  ***  夜、いつの間にどこかへ出かけていたのか、シドニーを寝かしつけたくらいにショットがガシャガシャと騒がしい音を立てながら帰ってきた。 「なんだそれ?」 「いろいろ」  ほとんどガラクタに見えるけど、錆びたナイフや銃のパーツみたいだ。研いだり組み合わせたらいくつかはまともな道具になりそうに見える。 「ちょうどいいヒマつぶしになりそうだな」 「ん、ちゃたうれしい思った」 「嬉しい嬉しい、ありがとな」  俺は家に篭ってこういう細かい作業をすんのが好きだし、修理した銃をガキどもに売れば臨時収入にもなる。どんなモノがあるかなって喜んでガラクタの山を漁っているとショットはさっさとシャワーを浴びに行ったみたいだった。  キッチンのシンクに立って歯を磨いてるとバスルームから出てきたショットが裸のまま背中にまとわりついてきた。 「こら服を着ろ服を」 「んー」 「寝てんのかって、おい」  めちゃくちゃ湿ってるし……とホカホカな体を押し返して口を|濯《すす》いでから寝室に行き、ベッドに潜り込む。それからしばらくして、ちゃんと服を着たショットも横に入ってきた。 「ちゃんと髪乾かしてきたか?」 「んー」  触ると案の定、濡れたままだ。 「せっかく綺麗なのに、傷むぞ」 「なに」  せめて、と首にかかったままだったタオルで水気だけ拭いてやる。心地好さそうに目を閉じてじっとしている様子がなんか可愛くて、思わずキスしたらグイと抱き寄せられた。 「お、っと」 「……」  ちゅ、とわざと音を立てながら軽いキスを返されてついムラッときた。 「……あーもう」  発情期は俺の方かも、と思いつつショットの腕を引いて立ち上がる。 「昨日の部屋で待ってろ」 「なに」 「いいから」  グイグイ背中を押すとよくわかっていない顔をしたまま、それでも素直にショットは廊下を歩いて行った。  そして「俺は何してんだ……」と思いつつもそれはそれは"念入りに"シャワーを浴びて、すやすや寝てるシドニーのベッドをしっかり確認してから奥の部屋に向かった。  *** 「おい、寝てんなよ」 「おそい」 「それは悪かったけど」  持ってきた毛布を敷くと床で寝ていたショットは早速その上に寝返りを打って来た。 「やわらかいのうれしい」 「そりゃどうも」  俺もいそいそとその隣に腰を下ろす。なんか今更照れてきた。シャワーを挟んで冷静になったせいだけど、準備は必要だし……。 「ちゃた?」 「なんでもねー」  熱い頰をペチ、と叩いて誤魔化すと唐突に手首を引かれて後ろ向きに転げた。 「いてっ」  肩も捻ったし。 「早く」 「わかったから」  情緒も何もねぇんだからなあ、こいつは。妙な照れを感じつつ頰にキスしてみる。そしたらショットは逃げもせず追いもせず、なんともニュートラルな表情で黙ってるからこっちも反応に困る。  めげずに耳元の髪を擽るように指で遊ぶと少しだけ笑ったように見えて、唇にキスをした。

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