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第13話 都会へ行こう 2
【都会へ行こう 2】
「茶太郎!?本当に茶太郎なんだね!?」
家の扉を開くと、お手本のような驚き方をしながら母親が俺に抱きついてきた。
「なんで今まで連絡のひとつも寄越さずに!!スラムで殺されたってアンタの会社から連絡が来て、空っぽの棺桶の前で葬式だってしたし、労災と退職金と保険金だってもらっちまったんだからね!」
「それでリフォームしたのか」
「おかげで新築みたいになったよ」
まあ上がりな、と促されて中に入る。
懐かしい気もしたが、中はすっかりリノベーションされて別の家になっていた。そこでやっと母親は俺の背中の子供と後ろに付いてきている男に気付いたかのように目を見開いた。
「その子は?」
「スラムで拾ったんだ。懐かれてさ」
「そっちの人は?」
「テオ、スラムで一緒に暮らしてる……えと、同居人」
「こんにちは」
ショットはたどたどしく挨拶をしてぺこりと頭を下げた。なんだ。挨拶を知ってるのかコイツ。
「ええこんにちは、挨拶が遅れてごめんなさい。茶太郎の母の美代です」
「おれ……」
「よろしく」
「……」
母親は握手をしようと手を出したが、ショットは俺の後ろにサッと隠れてしまった。
「ごめん、なんかイヤみたい」
「あらそう」
面食いな母親は特に気を悪くした様子もなく、ショットをまじまじと観察する。
「とてもスラムで暮らす人には見えないわね、まるで俳優さんみたい」
「言い過ぎな。まあでも確かにドラマみたいな日々は送ってるよ」
「噂通りやっぱり危険な場所なのね。どうして帰ってこないの」
これはやぶ蛇だったなと鼻をかく。
「あー、シドニーを拾っちまったからな……」
「別にいいわよ、ここに連れて来たら。ね、そんな危ない場所で暮らすのはやめて帰ってらっしゃい」
ダイニングに通されて椅子に座る。シドニーはまだよく寝てたから、ソファーに寝かせた。
「んー……でも、コイツと暮らすのも楽しくてさ」
隣に座ったショットを指さすと母親は一瞬考えた。
「……アンタ、スラムでどうやって暮らしてるの?」
「金はショ……テオが調達してきてくれるから、俺は家事してる」
「アンタ、そういうのヒモって言うのよ!」
「役割分担してるだけだっつーの!」
「テオさんが危険なスラムで働いてる間、アンタは家でのうのうと!」
「俺もたまには稼いでるよ!それにコイツだって、別に働いてなんか……」
あ、またやぶ蛇だった。慌てて口を|噤《つぐ》むけど、母親はコーヒーをドリップしていた手をピタリと止めて顔を青くした。
「まさか、泥棒……詐欺……犯罪……」
「あーいや!なんていうか、スラムの向こうは自由の国なんだよ!!」
はははと笑って見せると思い切りはたかれた。ショットがピクッと反応したのが分かって内心焦る。
「スラムの向こうって……アンタ今どこに住んでるのよ!!」
「……ゲ、ゲートの、外……」
母親はポットを置いて包丁を握る。
「ちょ、ちょっとちょっと」
「その人……誰なの?」
「ただの同居人だって!」
「顔をよく見せて!!」
母親が叫んだ瞬間、驚いたシドニーが飛び起きてショットは俺を守るように前に飛び出した。
「待て、ショット!!」
わかってると言いたげに睨まれて立ちすくむ。
「んんー……とと……?」
「はぁ……母さん、落ち着いて。そんな包丁1本で勝てる相手じゃないから」
「この家に何をしに来たの!?」
「ただの里帰りだよ、その……いや、そうだよな。連れてきてごめん。ほら、早く包丁を離して」
「脅されてるの?茶太郎、こっちへ来なさい!」
母親が俺に手を伸ばしてきたから咄嗟に避けた。今俺に触られると、ショットが暴れるかもしれない。
「本当にただルームシェアしてるだけの友達なんだ。刺激しなけりゃ大人しい奴だし、別にここで暴れさせるつもりもないし、ましてや何か盗んでやろうだなんて微塵も思ってない」
「……」
ショットもやめろ。と後ろから手を掴む。
「ただの里帰りだってば……ほら」
母さんが何もしなかったら、コイツも何もしないから、と後ろでその手をゆるく纏めて見せた。
「人殺しを家に泊めろって言うの?」
「いや、うん……無理ならモーテルにでも泊まるよ」
「……いいわ、やめなさい、そんな目立つこと…」
母親はようやく包丁を離してくれて、自分を落ち着かせるように淹れたてのコーヒーを飲んだ。
***
「写真で見るよりも何倍も綺麗な顔してるのねえ」
「本人は自覚無いみたいだけど」
ミーハーな母親は整った顔面の男に弱くて助かった。さすがに対面した時はパニクったみたいだが、今はすっかり慣れて見とれている。
「その目の色も珍しくて綺麗ね、|孔雀眼《ピーコックアイ》っていうのかしら?そっちの左目は義眼なの?」
「不躾に人の顔をジロジロ観察すんなよ」
「あら、ごめんなさい」
「ととの左の目はいろいろあるんだよ」
俺の膝に座ってミルクを飲みながらシドニーは楽しげに話す。
「普通の青じゃなくて、緑にも見えるから、高いんだって」
「ええほんとに、見る角度で色が違って見えるわ」
「だからジロジロ見るなって……」
慣れない扱いにショットは借りてきた猫のように大人しくなって固まっている。
「ごめんなさいね、まだ混乱してて……まさか茶太郎が生きてて、その上あのシュートを連れて来るなんて」
いっそ殺されても本望だわ、などと気持ち悪いことを言いながら母親は1枚の写真を持ってきた。
「なんだこれ……ショット?ちょっと若いな」
雑誌か何かの切り抜きらしい、それは返り血を浴びたショットが朝日に照らされてぼんやりしてる写真だった。
「まるで映画のワンシーンみたいじゃない」
「あほらし、なに切り抜いて保存してんだよ」
「ファンの間では生写真は高額で取引されてるのよ!」
「ファンってなんだよ!知るか!」
俺には腹減ったな……くらいの事しか考えてなさそうに見えるこの写真も、ファンの間では「憂いを帯びた殺人鬼」として人気を博しているらしい。フィクションじゃねえんだぞ。てかファンなのかよ。
「あー写真撮って友達に自慢したいわあ。でも警察に通報しなかったことを咎められるかしら」
「いくらでも撮れば。警察呼ぶと殺すって脅されたコトにしたらいいんだから」
呆れて席を立つ。俺の部屋に行こうかとシドニーを連れて行こうとしたらショットに腕を掴まれた。
「……」
「なんだよ、ショットも行くか?」
こんなうるさいのと二人っきりは嫌だよな、と笑えば母親は何よ。と睨んできた。
「あ、晩ご飯、なんでもいい?」
「ばんめし」
「こら、晩メシって言うな。夜ごはんな」
「よるごはん」
俺は自分の事は棚に上げて、ショットとシドニーの言葉遣いには我ながら口うるさい。嫌なんだもんよ、コイツの口から粗雑な言葉が出てくるのが。
「シチューのつもりだけど、好きなものはある?」
「コイツ何でも食べるよ」
「アンタには聞いてない」
「この変わり身の早さ……さっきまで包丁まで持ち出してショットの事を怖がってたのは誰だっつーの」
ショットは「ん、たべる」と言って俺にぴったりくっついてきた。
「おいこら……」
「ちゃたのへや行く」
後ろで母親が気合入れて作るわね!と騒いでたけど、無視して廊下を進んだ。
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