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第12話 都会へ行こう

【都会へ行こう】 「シドニー、都会の方に行ってみるか」 「え! ほんと?」  シドニーが夏休みに入って退屈そうにしてたから、前にそんな話をチラリとした事を思い出して誘ってみた。埃を被らせてばかりだったスラックスとシャツを久しぶりに引っ張り出して、袖に腕を通す。ちょっとヨレてるけど、まあ放置してたわりにはマシだろう。一応昨晩から干しといてよかった。 「どうやって行くの?」 「スラムの東側に駅があるだろ。 そっから電車でずっと行くんだ」  歯を磨いてたシドニーの頬にキスをして抱き上げるとキャアと楽しそうな声が上がる。 「めちゃくちゃ久しぶりだ。 どこ連れて行こっかな」  動物園、水族館、遊園地。でかいスクリーンでゆったりと映画を見るのも悪くない。俺の実家で何泊かして、やりたい事全部、行きたい所全部、遊び回ろうか。二人でああでもない、こうでもないとわーわー話してたら珍しく朝からショットが起き出してきた。 「ちゃた、どっか行く?」 「うるせえ甲斐性なし」 「かいしょ?」  舌を出してべーっと言ってやると、俺が腕に抱いてるシドニーの目を左手で覆ってそれに食いついてきやがった。 「……っん!? っんんん!!」  右手で腰を抱かれてて逃げられねえ。ってか、本気で逃げようとしてない俺も重症なんだよな。 「おれも行く」  解放されるなり飛び込んできた言葉に思わず聞き返す。 「っは、はあ……?」 「おれも行くう」  駄々をこねるようにシドニーごと引っ付いてきたショットにため息をつく。 「……まあ、いいけどさ……」  ***  伸ばしっぱなしの金髪を綺麗に梳かして義眼と傷を隠すように斜めに流した。服は綺麗めの俺のパーカーとジーンズ。堂々としておけばまあ大丈夫だろ。と思いつつドキドキしながらゲートへ向かう。 「あれ、茶太郎? 珍しいな」 「おー」  ゲートには警察官の常駐する監視塔も"一応"あるからかゲート前はバラック群が無く少し開けてて、水の出てない噴水もある。かつては人で賑わう広場だったんだろう。この辺りは昔ウロついてたから、顔見知りも多少はいる。 「どこに行くつもりだ、そんな有名人つれて」 「里帰りだよ」 「呑気なトコ水を差すが気をつけろよ。 街じゃ未だにそいつの顔写真があちこちに貼られてるんだぜ」 「あの指名手配写真はコイツが16の時のだし、今と全然ちがうから大丈夫だろ……」 「だと良いがな」  親切な忠告に礼を言って立ち去り、少しげんなりしつつ駅まで辿り着くと三人分の切符を買った。 「……まずどっかで帽子でも買うか」  シドニーと楽しそうにしているショットを手招いて改札を通る。数年前までは日常的に見ていた駅のホームもなんかすげえ懐かしい。 「首都まで遠いから、寝とけ」  ガラガラの車内に乗り込みシドニーを膝に乗せる。このくらいの時間はいつもまだ寝てるからか、ショットは隣に座るなり眠そうに大きな欠伸をして、ズシッと肩に凭れてきた。 「俺、電車って2回目なんだ」 「へえ?」 「母さんが1回だけ、隣町に連れてってくれた」  喋りながらシドニーの柔らかい髪を撫でていると俺もウトウトしてきた。窓の外は天気もいいし、なんかすげー平和な感じだなあ。  スラムから離れるごとに乗り降りが増えて、次第に景色も賑わい出す。 「うわー、でっかい駅が見えてきた!」  俺の上で膝立ちして、シドニーは窓の向こうに見えるビル街を見つめた。 「ああ、ここで降りるからな」 「降りれる?」 「ほとんどの人がここで降りるから、流されるように歩けば降りれる」  ブレーキの感覚がずしっと掛かって、眠っていたショットの頭が俺の首に埋まった。 「そろそろ起きろよ、降りるぞ」  ショット。そう呼ぼうとしてハッとやめた。目に飛び込んできた指名手配の写真。  ――セオドール・ブラッドレイ【通称シュート】  今、平和な顔して俺に凭れてる男の顔写真が、目の前に立っている高校生くらいの少女のスマホケースに貼られてた。 「……」  こんな風に"悪目立ち"する人生を、コイツはきっと少しも望んでなかっただろう。それなのに善悪もわからないまま武器なんて手に入れたから……。それにしても、犯罪者の指名手配写真をスマホケースに貼ってるなんて、流石に変な女だな……と思ってチラリと顔を覗き見るとパチッと目が合っちまった。 「っ……」  すぐにサッと逸らしたけど、なんか変な感じがした。でもここで降りなきゃなんねぇから慌ててショットを起こす。 「起きろって、えっと……テッド」 「……」  頬をペチペチ叩くとショットは煩わしそうに前髪を分けようとしたから慌ててその手を掴んで止めさせる。 「ほら、降りるぞ」  ふと見上げるとさっきの少女が俺たちの方を見てたから思わずドキッとした。けど、動き始めた人混みに押されて彼女は電車を降りて行ったし、念のために俺は別の扉から二人を連れて駅へと降り立った。 「とーちゃん?」 「……ああ、行くぞ」  もしかしたら、似てるな……くらいは思われたかもしれねえ。でもまさかと思うだろうし、きっと大丈夫だ。はあ、ここまで来るだけでドッと気疲れした。 「さて、とりあえず俺の実家にでも行ってみるか」  久しぶりに家族にも会いたいし。  *** 「ちゃた」  久しぶりの都会が不安なのか手を繋いでくるショットに仕方なく応じてやる。公然とこんな行動を取るなんて……俺はこういうの気恥ずかしくて、学生時代のガールフレンドともしたことない。愛情表現してくれない、そういうトコが嫌いってフラれたんだけどな。性分なんだから仕方ないだろ。 「……ちゃた」 「なんだよ」  せめてシドニーを間に挟めたらいいものの、はしゃぎ回って捕まえられない。ここは危険なスラムでもないから、あまり離れるなよって言うだけに留めた。 「なんで、なまえ……」 「お前が有名人だからだよ」 「……"それ"、いやだ」  ショットの本名はセオドール・A・ブラッドレイ。テッドはセオドールの愛称。だから咄嗟に出ちまった。ちなみにミドルネームであるAはアシュリーだってテレビショーでは言われてたハズだ。こんな人生を歩んでるこいつの本名が|神の贈り物《セオドール》だなんて、皮肉にもほどがあると思う。 「そか、わかった。じゃあテオなら?」 「ん……じゃあちゃたは……たろー?」 「やめろよ」  即座に否定するとなんで?と首を傾げられる。太郎は嫌だ、太郎は。 「あれだ、ジョン・スミス的なやつだ。 山田花子、山田太郎」 「えー?」  こんなこと教えたら余計に太郎って呼びやがるに決まってる。あーあ。なんて思いつつ面倒だからどうでもいいや、とも思った。こいつバカだからすぐちゃたに戻ってるだろ。 「たーろ」 「俺は有名人じゃねえから本名で大丈夫なんです」 「おなかすいた」 「もうすぐ家だから我慢しろ」  スルリと絡められた指に慌てて手を離す。 「そうだよ、もうすぐ家だからあんまベタベタすんな。 近所に噂が立つだろ」 「じゃあちゅーする」 「なんなんだよ、お前いっつも外ではそんなことしねえじゃん」  無視して進もうとしたけど、乱暴に腕を引かれて立ち止まった。 「おい……」  誰かに見られるかも。そう思いつつどこか不安げなショットが心配で拒みきれず俺たちは路上でキスをした。 「……ほら、行くぞ」  照れ臭くて、まだ元気の無いバカを置いてさっさと歩き出す。まあイヤでも付いてくるだろう。 「ちゃたぁ」 「さっさと歩けよ」

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