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第15話 都会へ行こう 3

【都会へ行こう 3】  シドニーは俺の部屋を見て感動しているようだった。勉強机、ベッド、壁のタペストリー、窓際のミニカー、好きな映画のポスターが貼られてあるクローゼット。 「すっげー!物語の中にある子供部屋みたいだ!」  他の部屋はすっかりリノベーションされているっていうのに、この部屋だけは俺がここを出ていった当時そのまま残されていた。少々淡白に感じる所もある親だが、こういう所はやはり親なんだなと思う。  ちなみに姉貴は俺があそこで暮らしてる3年の間に玉の輿に乗って家を出て行ったらしい。俺が帰って来たと母親が連絡していたが、遠くに住んでて帰って来れないんだとか。 「とーちゃん、これなに!?」 「ミニカー。集めるの好きだったんだ」  シドニーの視線の先には棚に並べられたミニカーの数々。持ってってもいいぞ、と言ったが壊すからと手に取らない。 「とーちゃん、ここで寝てたの?」 「中学を出るまではな」  高校からは遠い学校に通うことになったから、叔母の家に住まわせてもらって、そのまま大学からは一人暮らしをしていた。説明するとシドニーはかっこいいと呟いた。 「別にそういいモンでもねえよ」  シドニーとそんな話をしているとずっと大人しくしていたショットがひょこひょこと部屋の壁に近寄るので、何かと思って横まで歩いていく。 「どしたショット?」 「これ、ちゃた?」  そこには俺の小さい頃の写真が貼られていた。うーん、我ながらなんとも可愛い子猿だなと思う。 「おう」 「これも?」  そう言いながら横の棚の上に置かれた写真立てを手に取る。 「あ、そっちは親父」  答えるとショットは写真と俺をしばらく見比べて何か納得したようにへらっと笑う。 「なんだよ」 「おんなじかお」  言うと思った。苦笑すると首に巻き付かれた。 「お……おいこら、シドが」 「ねた」  気付けば確かにいつの間にやらシドニーは俺のベッドに寝転がって眠っていた。 「ちゃた、いい?」 「仕方ねえな……」  唇が触れる直前、見計らったようにドアがノックされたので俺は慌ててショットを押しのけた。 「ご飯よ」 「うわぁっ!」 「ちゃた」 「こら、ばか!やめろ!」  押されてゴツンと棚に背中をぶつけてもしつこくまとわりついてくるから、腕を必死で|抓《つね》って追い払う。 「んー……とーちゃん?」 「どうかしたの?ケンカしないでよね、いい歳して」  バタバタと攻防を繰り広げてるとドアが開かれて呆れた顔で見つめられた。 「け、ケンカじゃねえよ……こいつがバカなだけ!」 「ちゃたイジワル」 「ごめんねぇうちの子が」  母親はショットの味方だ。息子が襲われてるっつーのに!などとは言えるはずもなく、不機嫌な顔をして誤魔化す。 「ああもう……ブロッコリー入れんなよな」 「あら、まだ食べられないの?こんな大人になっちゃだめよシドニー」 「俺なんでも食べるよ!」 「偉いわねえ」  シドニーは母親に抱き上げられて嬉しそうにその首にしがみついた。  ***  翌朝、気持ち良さそうに眠りこけているショットを放置して俺とシドニーは近所の公園に散歩しに出かけてきた。大丈夫かちょっと心配だったけど、俺の血筋を感じてンのか警戒してないみたいだから。  遊具を見ては喜び、散歩している犬を見ては喜び、ただの噴水を目にしただけで感動して言葉まで失ってしまったシドニーに俺はむしろ少しだけ悲しくなったが、とにかく嬉しそうな様子には満足だ。 「そろそろ帰ろうか。腹も減ったし、ショットも起きてくるだろ。あんまアイツから目を離すと不安だし」 「うん!」  午後は大型ショッピングモールに行って買い物でもしようと話していた。 「映画とか観ンのもありだけどな、いいのやってるかな」  当然シドニーは映画なんて観たこともないだろうから、好きそうなやつがあれば観せてやりたい。暗闇に巨大なスクリーン、大迫力の音響に驚かないかは少し心配だけど。 「あそこなら小さい動物園も入ってたはずだ、シドなら入園料まだ無料かも」 「おれ、ウサギ触ってみたい!」 「よし!んじゃ行くか」  まだ寝てたショットを叩き起こして母親がアジアンマーケットで買ってきたフォーをみんなで食べてから、久しぶりに車のハンドルを握った。 「シートベルトは絶対に着用な」 「とーちゃん!俺"しぼーほけん"入ってないよ!」 「どこでそういうジョーク覚えてくるんだ?」  ***  モールに着いた俺たちはまずシドニーの服を買うコトにした。ずっとボロボロの服を着てるのが恥ずかしいみたいだったから。 「ごめんな、貸してやるにもサイズがなくて……お前だけずっとその服で」 「いいよ!こんな風に新品の服を買ってもらえるなんて初めてなんだもん!」  子供服の店に入ると明らかにウズウズしている様子のシドニーに好きに見てきて良いと言えば嬉しそうに目を輝かせて店内を歩き回り始めた。ここはスラムじゃない。子供が一人でも思う存分にはしゃげる場所だ。 「他の人にぶつかるなよー」 「うん!」  俺は俺で気になる物を手に取ってシドニーに似合うだろうかと脳内でイメージする。 「なあコレ良さそうじゃねえ?」 「シド?」 「ああ、ちょっと大きいけど……きっとすぐデカくなるよ、あのくらいのガキは」  こっちも良いな……と隣にかけられてた同じ服の色違いに手を伸ばせば、ショットの腕が後ろから伸びてきて腰を引き寄せられた。そのまま肩に頭を乗せられて、サラリとブロンドが頬に触れる。 「おい、テオ?」 「……」 「どうした」  気分悪いか?と聞いてもふるふると首を振るだけだ。明らかに元気がないが、都会について来るって言ったのはコイツだしな。 「とーちゃん!」 「気に入ったのあったか?」 「うん、これ欲しい!」 「いいよ。これも羽織ってみてくれ」  そうして何着かシドニーの服を選んだ後はショットの目立つ瞳を隠すために雑貨屋で伊達メガネを買ったりした。本当はサングラスにするつもりが、あまりにも嫌がったので断念した。結局使わなかったし。  買い物が落ち着いたら次はロッカーに荷物を全部預けて、俺たちはモール内にある室内動物園へ行くことにした。 「ライオンいる!?」 「そんな大きいのはいないんだ。でもウサギと触れ合えるぞ」  期待してる割には小規模でガッカリしないかと心配だったが、ショットもシドニーも小動物とのふれあいコーナーで大いに楽しめたようだった。 「テオ、お前は粗雑なんだから触るなよ。そっと膝に乗せるだけな」 「うん」 「とと、可愛いね!」 「うん」  そもそもショットの近くには寄ってさえ来ないんじゃないかと思ったら意外にも動物に好かれるタイプだったみたいで、気付けば取り囲まれていた。 「こいつ、ちゃたみたい」 「どいつ?」 「これ」  手のひらサイズの小さな霊長類を見つめるショットの頭をスパンと叩くと「おれすきと思った」と文句を言われたが、シドニーがケラケラ笑うので睨みつけておいた。  ***  適当なレストランでメシを食ってから家に帰り、シドニーをゲストルームへ寝かしつけた俺たちは少し夜風に当たるため外へ出た。 「……なあ」 「んー」 「お前、やっぱちょっと変だよ」  長旅で疲れたか?と聞いても首を振るだけだ。話したくないなら無理に聞こうとは思わないが、コイツに隠し事をする脳なんか無いに決まってる。 「うまく文章にならなくていいから、感じてることそのまま言ってみろ」  街灯の下を歩きながらその横顔をチラリと見る。相変わらず元気が無さそうだ。 「……おれ、ここいやだ」 「ここ?俺の家か?」 「ちがう」  言葉を探すように立ち止まったショットに合わせて俺も足を止める。 「なんか、なんか……いや」 「もしかして……俺が愛称で呼んだせいか?」  電車に乗るまではご機嫌だったはずだ。んで、俺が"テッド"って呼んじまったあの後から元気が無くなったような気がしてたから。 「……」 「そうなんだな」  何かを思い出しているのか、ショットは無言のまましばらく固まっていたかと思うと両耳に手を当てた。 「……ふ……っ」 「っおい、ショット?」  様子がおかしい。 「落ち着け、大丈夫だから」  テッド……セオドールという名前なら、親にもテッドと呼ばれていた可能性は高い。リドルと初めて会った時にフルネームを叫ばれてブチ切れていた様子からしても、こいつにとって"名前"というのは深い記憶を呼び起こすトリガーになっているんだろう。 「……」  少し考えればわかっただろうに、軽率に愛称を口にした事を謝りたいと思った。 「……その」 「そこのお前たち、こんな時間に何をしてる」 「っ!!」  ――しまった、こんな時に。  見回りの警察官だ。 「あ……あの、すぐそこの家の者なんですけど、酔い覚ましに歩いてて」 「身分証明書は」 「今ほんとに手ぶらなんです、あの角の家です」  こいつ酔っちゃってて……とショットの肩を引き寄せて俺に凭れさせる。頼む、頼むからじっとしててくれ。心臓がバクバクなって、手汗が滲んでくる。 「……二人とも若そうだな。早く家に戻りなさい。夜遊びはほどほどに」 「は、はぁい、すんません……」  俺はそんなに若くないけど……血筋柄、若く見られる顔立ちで助かった。  警察官は俺たちが家に入るまでじっとこちらを見ていたが、本当に俺がその家の扉を開けて中に入るのを確認するとそれ以上は追及して来なかった。 「……っはぁ……!!心臓に悪い……!」 「……」  ドッと全身から冷や汗が噴き出す。隣のショットを見るとさっきまでの元気のなさとはまた違う空気を纏っていて、その目は完全に据わっていて、そう……明らかにショットは"イラついている"ようだった。  どうもこれはまずいことになったなと思いながら、俺はショットに胸ぐらを掴まれて部屋へ連れ込まれるのだった。

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