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第100話 本編 最終話 お前の隣にいさせてくれ

【最終話 お前の隣にいさせてくれ】  マウロアの命日が来た。今年で、10年目になる。 「なんかもう、他人って感じがしねーなぁ」  会った事もないのにさすがに|烏滸《おこ》がましいだろうか。 「ショット、準備出来たか?」 「ん」 「じゃ手伝ってくれ」  今年からは|首領《ドン》の墓参りも兼ねることになるし、今日は俺も一緒に行かせてもらうことにした。 「こっち持って……」  左前腕の途中から先を失って1年……利き手は元から右だし大分慣れたものの、ズボンを履くのは未だに難しい。 「ありがとな」 「ん」  俺の手伝いにもすっかり慣れたショットはついでにジッパーも上げて、「できた」と言うように頬に軽くキスしてくれた。せめて肘までは残ってよかったな。それだけありゃ、コイツがもし泣いてても抱きしめてやるには充分だ。  最近、どうも毎年秋から冬にかけて体調を崩すから、まだそんなに寒くは無いが早めに上着を着用しておいた。 「お前は寒くないか?」  平気なんだろう、返事もなく先に家を出てった背中を追いかける。  ***  マウロアの墓の隣には首領の墓が作られて、ポツンと寂しかった庭が少し墓場らしくなった。  こうして揃って顔を見せに来られて、去年の夏、ここでマウロアに「アイツを守る」って誓った事をなんとかギリギリ反故にせず済んだなと苦笑する。 「なあ、俺……お前がどう思おうとも、毎日まじで幸せなんだからな。こうして、一緒にいられるコト」 「……」  態度に出して見せないよう気をつけててもコイツは俺が左腕の幻肢痛を感じてるとめちゃくちゃ敏感に察知していちいち悲しそうな顔をしやがるから、ちょっと恥ずかしいけど濁さずに言った。  ここに来たら、俺は痒くなるようなロマンチックな事でも素直に言いやすくなるんだ。マウロアが背中を押してくれてンのかな。 「おれも、ちゃたといて……しあわせ」 「え……」  本気ならこの上なく嬉しい言葉だが、なんか言わせちまったみてぇだなと思ってチラリと横顔を覗き見ると、ショットは本当に穏やかな表情をしてて、優しい色をした右眼と目が合った。 「……うん。いつか、俺たちもここに一緒に眠ろうか」 「ん」  意味わかってんだかどうだか。ショットは新しい首領の墓に視線をやる。 「首領ロアに会う?」 「え?うーん、さあな……でも、きっと会えてると思うよ」  軽く墓周りの掃除をしてから近くの芝に腰を下ろして、しばらく二人で他愛ない会話をしてると首領の部下……いや、今のボスがやってきた。 「よぉ、調子はどうだ」 「良くも悪くも……まあ片腕の生活には大分慣れたかな」  なあここ予約しといていいか?とマウロアの隣の空いてるスペースを指差すと「ふざけんなそこは俺だ」と言われたけど、横からショットが「おれ」と言って満場一致してしまった。 「まあそりゃ仕方ねーか」 「じゃあ俺は首領の隣だ」  ボスがそう言うからそれがいいと同意しておいた。ま、それが最良の形だろう。 「ってコトは俺はショットの隣だな」 「どんどん横に伸びるじゃねえか……お前のはナシだ」 「ンだとコラ!」 「テメーはウチのファミリーじゃねぇだろ!」 「じゃあショットもそうだろうが!」  俺たちがバカな話で小競りあっているのを無視してショットはペタリとマウロアの墓に触れた。 「……おれロアの家族だから」 「ああそうだよ、名前もらったんだからな」 「は?」  ワケが分かってなさそうなボスに俺は今年の春に決めた俺たちの名前の話をした。ショットから聞いてなかったらしい。 「へえ、まあ好きに名乗れよ」  良かったな、と微笑みかけられてショットは嬉しそうに「名前きいて」と言う。 「お前の名前を?……お名前はなんですか」 「おれシュート、レウウィス、カノア」  ただ名乗ってるだけなのに、なんか俺は感慨深くなる。自分の名前さえ一度もまともに口に出来なかった人生だったのにな。これからたくさん名乗ればいい。  なんてしみじみ考えてたらグイッと腕を引かれて「ちゃたは、ちゃたろー、レウウィス、カノア」と言ってガバッと抱きしめられた。 「おれの家族。だいじ。だいすき」  テンションが上がったのかそのまま顔中を舐められる。 「すき」 「おいおい落ち着け」 「わかったわかった。良い名前だな」 「うん」  この事を次の長期休暇のタイミングでシドニーに話したらすぐにでも同じ名前になりたいって大泣きされたけど、法的な効力を持たない名前だから困っちまった。いつか首領に言われた"用意できる綺麗な戸籍"とやらを頂いておけば良かったかな。  まじでオーサーやボスに頼めばなんとかなるとは思うけど、それを急ぐのはシドニーが成人してからでも遅くは無いだろう。いずれにせよ、今はまだ決断の時じゃない。 「あ……マウロアって、監獄からアンタに手紙を送ってたんだよな?」 「そうだが」  こいつって"|Chute《シュート》"なのか?と聞けば少し驚いた顔で「よく分かったな」と言われた。 「やっぱそうだったか」 「あの|賢いガキ《ギフテッド》が言ったのか?」 「いや……企業秘密だよ」  きっとボスはカディレって呼び名を知らないだろうから、俺だけの秘密にしておいた。俺とショットと、マウロアだけの秘密だ。 「ロアの決めた事を押し付ける必要も無いと思って言わなかったんだが……"|Shoot《シュート》"じゃなくていいのか?」 「ああ、そっちの方がいいんだ」  俺はコイツとマウロアの思い出を大切にしたい。それに、コイツには攻撃的な意味を持つ名前なんか似合わない。俺はもう呼び慣れてるから、|愛称《ショット》は使い続けてるけど。  それがボスにも伝わったのか、嬉しそうに口角を上げて手を振られた。 「じゃあ気をつけて帰れよ。またな、L・カノアファミリー」 「……悪くないな、そうやって呼ばれるのは」  カノアは俺とショットとシドニー……3人のファミリーだ。そこらの血が繋がってて戸籍が一致する"だけ"の家族なんかより、ずっと"ホンモノ"の家族。  ――俺の、宝物だ。  ***  アパートまで帰って来て着替えるのもとにかく、まずホッとしてイスに座ると、上着のポケットの中で何かがくしゃりと音を立てた。 「ん?」  右手を突っ込むと何か紙に触れた。なんだこれ、封筒……? 「あ……ショット」 「ん」  俺はそれをポケットから取り出して、振り向いたショットに差し出した。ちょっとヨレちまってるけど、別にいいか。 「なに」 「お前、いつか俺に手紙くれたろ」 「……おへんじ?」 「そう。すっかり忘れてて2年越しになっちまったけど」  頷くと嬉しそうに両手で受け取るから「可愛いなお前は」と気持ちが口からこぼれ出た。俺の事だから、コイツはどうせ上手く開けられねえだろうと思って封はしないでおいたハズだ。 「……」  しばらく呆けたように宛名書きを見つめてたかと思うと、左腕をそっと掴まれて寝室へ連れ込まれる。別に痛くないって言っても、左腕に触れる時はいつまでもこんな調子だ。  ちゃんと自分の靴を脱いでから俺が脱ぐのも手伝ってくれて、ベッドに座ると足の間をポンポンと叩きながら「ちゃたここ」と呼ぶ。 「てがみ、よんで」 「大した事は書いてねーぞ」  素直にそこに腰を下ろせば後ろから抱きしめられて肩にショットの顎が乗せられた。そして手に持ってた手紙を渡される。 「……な、なんか照れくさいな。お前も読めよ」  一旦それは返してから、サイドボードの中に保管してあるショットからの手紙を取り出した。警察が踏み込んできた時に壊されなくて本当によかった。 「ちゃた大好き、いつもありがとう」 「ちげーだろ、『茶太郎が好きです』って書いてるぞ」 「大好きになったから」 「こっちも、『いつも一緒にいてくれてありがとう』だろ」 「ちゃた早くよんで」 「わかったよ」  それから俺はその手紙を寝る前に毎回音読させられる羽目になったんだけど……それだけコイツが喜んでくれてるんだと思えば、まあいいか。  内容に関しては小っ恥ずかしくて詳しく言いたかねえけど、俺自身も、毎晩音読する事でこいつの隣を離れないって誓った事をいつまでも忘れずにいられる……って思えるような内容だ。 「……"だから、お前の隣にいさせてくれ"」  安心した顔でぐっすり眠ってる愛しい額にキスをして、読み終えた手紙を片付けると電気を落とす。 「おやすみ、ショット」  明日も、そのまた明日も、ずっと一緒にいよう。 【BOX 本編 完】

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