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番外編◆初期構想の世界のBOX 32
【初期構想の世界のBOX 33】
▼愛を伝えてくれること
花が落ちてた。名前は知らない。なんか、オレンジ色の花だ。茎は明るい緑色で、スッと細長く伸びてて、その先に丸っこい花がついてる。
「……」
花売りでも来てて、落としていったのかな。道の端や廃駅前のロータリーに生えてる野生の花とは明らかに違う、飾るように育てられたモンだ。
「なに」
「あ、これ? そこに落ちてたんだ」
振り返るとシュートがいたから、花を見せると手に取った。逆光で顔がよく見えない。こんな感じ、だったっけ。
「……お前、今……『なに』って言ったか?」
シュートの左頬に触れる。だって俺は、右腕しかない、から。
「なんか、ヘンだな……なあ」
顔が近付いてきたから、キスしてくれるのかと思って上を向いたけど、額に頬を擦り寄せられただけだった。
「シュート?」
「おれ、いっつも……うれしかった」
「え……」
「おやすみ、ちゃたろ……|おや《Sleep》|すみ《easy》」
その声があんまり優しくて、急激に眠気が襲ってきて、瞼が開けていられなくて。
***
目が覚めたらいつものアジトの地下にある真っ暗なシュートの寝室で、俺は寝転がったままボロボロ泣いてて、ワケわかんねえぐらい、悲しくて、嬉しくて、息がうまくできなかった。
「は、はっ……はぁ、う……っ」
「ちゃた」
「ごめ、っなん……でも、ない……」
涙が止められなくて、ガキみてえに泣きじゃくって、心配したシュートが頭を撫でてくれて、頬や目尻をずっと舐めてくれて、その優しさがまた、なんでか知らねえけど泣けてきて。
「っふ……、うっ、う……っ」
「……ちゃた、こっち」
「ん、うん……」
誘導されて首に腕を巻き付けると、背中に手が回されて持ち上げられて、マットレスの真ん中に寝かされた。シュートはそんな俺に覆い被さって、また涙を舐めとりながら、確かめるように肩や腕を撫でてくる。
「……」
「ごめんな、どこも、いたくないよ」
涙は止まってきたもののしゃくりあげちまって、まともに喋れない。それが恥ずかしくて腕で顔を隠すけど、そっと外されて頬を擦り寄せられた。
「……夢を見たんだ、シュート、お前の……」
あんなに暖かい夢だったのに俺は、なんでこんなに胸が苦しいんだろう。抱きしめられて、ポカポカする。
「俺は、左腕が、なくて……」
「うん」
「花を……お前に渡して」
「……」
それから、何があったんだっけ。何か、忘れたくないことを言われた気がする。なのに夢の記憶ってのは、どんどん曖昧になってく。ぼんやり考えてたら、まるで寝かしつけるように優しく頭を撫でられた。
「……あ、そうだ」
――おやすみ、ちゃたろ……おやすみ。
あんなにも愛おしそうに、穏やかな声で。あんなの、ただの挨拶じゃない。まるで何かの祈りみたいだった。
「シュート……」
参った。また涙がでてきて、困っちまう。
「シュート、愛してる」
そう呟くと少し体が離されて、返事するみたいに口付けられた。
「お前を愛してるよ」
「……ん」
そしたらシュートも俺の真似をするみたいに「あいしてる」って言ってくれて、幸せな気分に満たされるような心地がした。
「ちゃた……あいしてる」
「うん」
両手の指を絡めるように繋ぎ合って、真っ暗な部屋で何度もキスをした。
***
洗面台で歯を磨きながら、朝から小っ恥ずかしいやり取りをしたな……と照れつつ、我ながら鏡に映る顔がツヤツヤしてる気がする。
「オーサー、今日の予定は?」
タオルで顔を拭きながらリビングの方に声をかけると「特にない、自由にしてろ」と返事があった。
「散歩にでも行こうか」
「うん」
「私もいくー! 兄さんも行こうよ!」
たまにはそういうのも楽しいな。俺からも誘えばオーサーは手に持っていた朝刊を綺麗に畳んで立ち上がった。
「ちょうど今朝の新聞の内容をインプットした所だ。 外の風に当たりながら読むのも悪くないな」
「そんな新聞の読み方するヤツ、見たことねえんだよ」
俺のツッコミに笑いながらデシケーターから自慢の銃を取り出してホルスターに仕舞う。シュートも腰にデザートイーグルをぶら下げて、重い革靴の紐を結び直してた。
良い天気だ。散歩日和。ごちゃごちゃに積み上がったバラック群、舗装されてない道からは砂煙が舞い上がって、理想のウォーキングコースとは言えないかもしれねぇけど……俺にとっちゃ、もはや第二の故郷だ。
「ねえ、ちゃたろー! 見て!」
「ん? 綺麗だな」
リディアが指差す先にはオレンジ色の花があった。ちょうど夢でみたような、丸っこい花だ。なんだ、そうか。こんなとこにも自生してたンだな。
「摘んで帰るか?」
「いいの! お花はそこにあるのがいいから」
「良いコト言うじゃねえか」
そんなリディアをオーサーは静かに見つめてる。多分、オーサーはリディアの"こういうところ"を守りたいと思ってンじゃねえかな。なんとなくだけど。
「みんなでケバブでも食べようぜ。 いい屋台があってさ」
「うん」
「ああ、噴水の所で昼にしよう」
「やったー! 食べる!」
【初期構想の世界のBOX 完】
▲暖色のポピーの花言葉は『慰め』『思いやり』など
△初期構想12話『静かな存在感』より
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