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五話 変な空気にすんな

 オレは問題を先送りにした。 (だって、言うタイミングないじゃんね!?)  誰に言い訳しているのか自分でも解らない。結果としてオレは、時間に全てを委ねることにした。  今朝は晃も動揺していたのだろうし、驚きと義理堅さから口走ってしまったのだろう。  落ち着けば、イタズラだったと気がつくかも知れないし、やっぱ責任とか重すぎる話だと思い直すかもしれない。  とにかく、今は穏便に過ごそうじゃないか。 (とはいえ)  オレは部屋の隅っこでヤドカリをつつきながら、スマートフォンを眺めている晃をチラリと見た。 (今日は休日なんだよなあ)  なんなら明日も休みだが? 何で会社ってこんなに休みが多いんでしょうね?  いつもなら二人で遊びに行ったり、まったり過ごしたりする。寮でのオレの生活は、ほとんど晃と一緒だ。ワンセットと言っても良い。  まあ、気まずいだけで、変わることはなんも無いんだろうけどさ。 「ホイホイ、ヤッくんエサだぞー。ふへへ」  ヤッくんは可愛いなあ。癒される。ヤドカリと戯れていると、不意に背中に重みを感じて、ギクリとした。 「うおっ」 「今日はどこか行く?」  ベッドの上にいた晃がいつの間にか背後にいた。肩に顎を乗せられ、体重を預けられる。  いつもやられているのに、妙に意識してしまう。なんでだ。 「よっ、予定はねーけど」 「んじゃ、昼飯食いに行く? 駅前に遊びに行っても良いし」 「あ、うん」 「気乗りしない?」 「い、いや、そう言うわけじゃん……」  晃がフッと笑って、オレの手に自分の手を重ねてきた。もちろん、今までそんなことをされたことはない。  ビクンと肩を揺らすオレに、晃がクスリと笑う。やめて。その顔でそんな風に笑うの。なんか顔が熱くなる。 「洋介、意識してる?」 「しっ、シテナイガッ!?」  いやもう、めっちゃしてんじゃん。自分でも解るわ。すげーダサいわ。  晃の指が、オレの指に絡み付く。それ、やめて。心臓がヤバい音立ててる。 「ちょ、晃っ……」 「可愛いとこあるんだな」 「待て待て待て! 変な空気にすんな!」  背筋がゾクゾクする。なんか危険信号が出てる気がする。  慌ててもがこうとするのに、いつの間にか晃の膝の上に乗せられ、抱き抱えられていた。  手、早ない? 「ちょ、待っ、あき――」  晃の顔が近づく。ヤツがなにをしようとしてるのか解ったのに、身体が動かなかった。  ふに、と柔らかい感触が唇に押し当てられた瞬間、パニックで頭のなかが真っ白になった。  いくら仲が良くても、晃とキスするなんて想像したことなんかない。 「んっ、う」  押し当てられただけのキス。だけど、ビックリしてしまって。混乱して身体が震えた。  晃はそれを察してか、オレの背中を擦る。けど、キスはやめなかった。  やがて晃の舌が、オレの唇を舐め出した。唇の隙間から、中に入れてくれというようにイタズラに蠢く。 (ば、ばかっ……、このっ…)  本当にキスするやつがいるか。いや、晃は本気でオレに責任を持つ気らしい。って、責任ってなんですか。どうやって取るんですかねえ!?  ぎゅっと唇を結んでいたのに、晃が脇をつつくのでぷはっと笑ってしまう。その隙に、舌が捩じ込まれた。 「んうぁっ」  ゾク。背筋が粟立つ。  ヤバい。こんなキス、されるはずじゃ。  舌を掬われ、吸われる。上唇を噛まれ、上口蓋を舐められた。  ちゅ、くちゅと音を立てるキスは、酷く卑猥で、ゾクゾクと鼓膜が震える。このままじゃまずいと解っているのに、キスのせいで力が抜けて、抵抗できなかった。  晃の髪が頬を擽る感触だとか、長い睫毛とか、熱い舌だとか、そんなことにばかり意識が向いてしまう。 (っ、晃のヤツっ……! こんなエロいキス、したこねえよ!!)  人並みに女性経験はあるが、こんなキスしたことない。オレがしてきたキスって、慎ましやかだったんだな。  と、関係ない話が浮かぶほど、オレは混乱していた。  どうにか意識を引き戻したのは、スマートフォンの通知音だった。  ピコン! と大きい音を立てるスマートフォンに、オレも晃もビクンと肩を跳ねらせた。  同時に唇が離れ、自然とスマートフォンに視線が向く。  オレはその瞬間、勢い良く立ち上がってスマートフォンを拾い、壁の方へと逃げ出した。 「あ」  晃が名残惜しそうな声を出す。  知らん。知らんぞ。オレは知らん。  スマートフォンを開き、通知を確認する。 「お」  オレの声に、晃が顔を上げる。 「晃、雲龍軒ギョーザ半額だって!」  キャンペーンの通知を見てはしゃぐオレに、晃はどこかホッとした顔で「じゃ、昼はラーメン食いに行くか」と笑った。

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