6 / 33

六話 また言えないまま

 はむ、と熱々のギョーザを口に放り込む。焼き目のついた皮がパリリと弾けると同時に、中からジュワワと肉汁があふれでてくる。豚の脂の甘さと旨味がぎゅっと詰まった、ジューシーな餃子に、思わず唸った。 「んんーっ♥ んまーい」 「はは。旨そうに食うなぁ」  カウンターに並んで座る晃が、オレの顔を覗き込んで嬉しそうに笑う。その表情にドキリとして、ゴクンとギョーザを飲み込んだ。 「な、なんだよ。見んなよ」 「あまりにも美味しそうに食べてるから」 「う、美味いんだもん、そんな顔になるだろ」 「うん。そうだな。俺のもやろうか?」 「い、良いって!」  譲ろうとする晃に、首を振ったのに、晃はオレの皿にギョーザを載せてきた。まあ、食べるけどさ……。  晃の視線が、落ち着かない。 (いやまあ、前からこんなヤツではあるんだけどさ……)  オレが食べていると、「もっと食え」とばかりに自分の分もくれるようなヤツだった。意識してしまうのは、キスをしたからだろうか。 (ってか、晃のヤツ、あんなキスするやつだったんだな……)  エロくて、激しくて、ちょっと、強引なヤツ。  と、思い出してしまい、ポッと顔が熱くなる。 (いかんいかん。思い出すな。……今までのカノジョとかとも、あんなキスしてたのかな……)  想像して、何故か胸がモヤりとする。 「? どうした、陽介」 「い、いや、なんでも」  急に黙り込んだオレに、晃が首をかしげる。  オレは誤魔化すように、「あ、チャーハンも頼んじゃおう」とわざと明るく振るまった。    ◆   ◆   ◆  いやいや、違う。  そうじゃないのだ。 (キスに動揺してる場合じゃなかった……)  ベッドに寄りかかりながらテレビを眺め、急に思い出してセルフ突っ込みを脳内で行う。テレビではおしゃれなハンバーガー特集をやっていて、都内のカフェレストランを紹介するバラエティーが流れている。 「次、ハンバーガーでも作るか?」 「あー、うん。良いね。チーズ増し増しで肉! って感じのヤツ好き」  晃の言葉に相づちを打ちながら、脳内では別のことを考える。  動揺してる場合じゃない。はやく誤解を解くべきだ。 『あれ、冗談だったよ★ 騙された~?』  って、軽く明るく言わなきゃならん。もうキスまで(しかもベロちゅー)してしまったし、このままじゃ色々と気まずい感じになっちゃう。  ああ、嘘なんかつくもんじゃないな。イタズラにしても、ちゃんと分別をつけるべきだ。うん。 (しかし晃のヤツ、男相手に平気でキス出来ちゃうヤツなのね……)  そしてオレも、晃とキスしても平気なヤツだった。うん。  まあ、晃は見た目イケメンだし、毛深くないし、キモい感じじゃないからな。なんか別に、全然平気。  考えごとをしながらテレビを見ていると、不意に晃が肩をぶつけて来た。ビクッと肩を揺らし、晃の方を見る。 「っ、な、なんだよっ」 「聞いてんのかって。ボンヤリしちゃって」 「え? 何か言ってた?」  うわ、マジで聞いてなかった。晃はむぅと唇を曲げ、眉を寄せる。 「本当に聞いてないし……。明日、渋谷行くかって。さっき紹介されてた店」 「え? ああ、ハンバーガーの?」 「うん。俺、ああいうグルメ系ハンバーガー食ったことないし」  ああ、オレもあんなハンバーガー食ったことねえなあ。結構高いし、オシャレだけど。  晃は「それに」と言って視線を向けた。 「ちゃんとデートしたい、じゃん?」 「――は」  デート? デートって……。  一瞬、なんのことか解らず思考停止する。それから、遅れてジワりと顔が熱くなった。 「っ、あの、なあっ……。デートって……」  ただ、出掛けるだけじゃんか。そう反論しようとしたのに、晃が指を絡めてきたので、口に出せなかった。  ぎゅうっと唇を結んで、真っ赤な顔をしたオレを、晃が笑う。 「な、行こ?」 「っ――」  晃の唇が、耳を擽る。なぞるように触れられ、ゾクゾクと背筋が粟立った。 「んちょぉっ……!」 「陽介」 「わっ、解った! 解ったから!」  晃の胸を押し返しながらそう返事して、耳を押さえる。本当に、なにしやがる。 「あは。良かった。楽しみだ」 「このっ……」  文句を言ってやりたかったけど、嬉しそうに笑う晃に、結局は黙ってしまう。 (な、何がデートだよ。いつもと一緒だし……)  ただ遊びに行って、飯を食うだけだ。別に、デートでもなんでもない。 (それより、こんな雰囲気で言えるかよっ……)  すっかり嬉しそうにしている晃に、オレは結局イタズラだったと言えずに、そのまま曖昧にしてしまうのだった。

ともだちにシェアしよう!