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九話 触って

 寮に帰った頃には、もう大分遅い時間だった。寮には門限があるのだが、ギリギリと言ったところだ。  玄関口で出くわした寮生に、「遊びに行ってきたの?」なんて聞かれながら軽く挨拶をする。 「今度は何やるんだ?」 「まあ、お楽しみってことで」  オレたちが馬鹿ばっかりやっているのはお馴染みなので、そんなことを聞かれる。多分、ハンバーガーじゃないかな。晃もやりたそうだったし。 「今度また蕎麦やってよ。あれ以来、外の蕎麦じゃもの足んないんだ」 「ふへへ。光栄っすね。将来コイツと店やるんで」  寮生は「そん時は常連になるわ」と笑って立ち去っていく。オレの軽口に、晃は真面目腐った顔をしていた。 「どうした?」 「|フウフ《・・・》二人三脚の蕎麦屋かー……って」 「ばっか、お前、マジで」  何がフウフだ。恥ずかしくて語彙力が行方不明になる。  顔を真っ赤にしながら部屋の扉を開ける。もちろん、晃の部屋だ。オレの部屋に帰る習慣など最早ない。 「まだ大浴場ボイラー落としてないかな。晃すぐ風呂行く――」  部屋に入るなり、一度風呂に出ようかとそう口にした瞬間だった。  背後からガバッと、晃が抱き締めてくる。 「うおっ!? ちょ、なん」  なんだよ。そう言おうとした唇を、晃が塞いだ。  はむ、と唇に噛みつかれ、ビクンと肩が跳ねる。舌が強引に捩じ込まれ、オレの舌を絡めとる。 「んむっ……!」  抵抗を許さない力強さで抱き締められ、そのまま壁際に追いやられた。背中を壁に押し付け、角度を変えてキスが深くなる。 (こ、の……) 「あき、っ……ん」  ハァ、と息を継いで、また唇を食まれる。マジでこのキス魔、どうしてくれようか。  ガッチリと腕を押さえつけられ、抵抗できない。かといって密着しているせいで蹴ることも出来ない。  というか、オレにあまり蹴る気がない。いや、文句は言いたいけど、別に嫌ではない。  ただ、こんなキスをされれば、それなりに困るもので。 (あ、ヤバい。結構……気持ちイイ……)  舌に擽られる感触に、ゾクゾクと背筋が震える。唇をなぞられ、ちゅうと吸われ、何度も何度も、深く口付けられる。 「ん、ふ……っ、んぅ……」  口から漏れる声が、恥ずかしい。でも漏れる。  ヤバい。気持ち良い。  ここは男子寮で、オレたちは同じ部屋を長く使っていて、オレには彼女もおらず。  要するに、それなりに溜まっているのである。  晃の膝が、わざとなのか――わざとなのだろう。オレの脚の間に捩じ込まれる。  涙目で晃を見る。親友の興奮した顔を至近距離で見る羽目になる。精神衛生に良くない。  ずごんっ、って感じに、心臓に来た。 「あっ」  変な声が出た。  いやいや、嘘です。オレの声じゃないです。そんな顔すんな。 「陽介……」  低く、掠れた声で名前を呼ばれる。妙に色気のある声に、心臓がバックンバックンと音を立てる。 「あ、あ、晃っ……」  怖い。未知の体験過ぎて怖い。親友が見たことのない顔をしている。今から何をされようとしてるのか、一瞬想像してしまって、怖い。  恐怖心半分、興奮半分。好奇心1%未満。 「陽介」  名前を呼びながら、晃の唇がオレの耳を噛む。ゾク、と身体が震えた。 「あ、晃っ……、待っ……」  晃は既にオレとヤったと思っているのだろうが、こちとら未経験である。全部嘘なのだ。冗談なのだ。いつもの悪ふざけなのだ。 「晃、ごめ、オレ」 「触るだけ」  今度こそ嘘だと言おうとしたのに、晃が言葉を被せてくる。 (触るだけ?)  何が?  と、言い終わる前に、晃の手がズボンのボタンを外した。 「っ!?」  半ばパニックになるオレに、無言を了承と取ったのか、晃の手が忍び込んでくる。ズボンの隙間から侵入した手が、下着越しに下腹部に触れた。  ビクッ! と、大袈裟なほどに身体を震わせ、パニックと興奮で口をパクパクさせる。 「あっ、晃っ……ん」  包むようにして触れられ、甘い声が漏れる。ゾクゾクと背筋が震える。晃はオレの様子を窺いながら、手を動かす。他人の手――しかも、親友の手で、触れられる気まずさと気持ちよさに、頭がおかしくなる。  晃の腕を掴み、快感に耐える。抵抗するとか、逃げるとか、そういう選択肢は頭に浮かばなかった。 「あっ、あ、っん……、あき、それ……っ」 「気持ち良い? 陽介……」 「っ、あ、あ――あ、馬鹿、おま」  直接下着に入り込まれ、グッと晃の腕に爪を立てる。だが、晃の方はお構いなしだ。  ハァハァと、荒い息を吐き出す。顔が熱い。頭がクラクラする。心臓が痛い。  中心を刺激されながら、再びキスをされる。無意識に舌を伸ばして、晃の唇を舐める。  もう、よく解らない。  気持ちよくて、頭がフワフワする。  晃が耳許で、「俺のも触って」と囁く声が、酷く色っぽい。  もしかしてオレも、晃みたいな顔をしてるんだろうか。だとしたら、恥ずかしくて死にそうだ。  互いに擦り合わせる。粘液が混ざり合う背徳感に、興奮する。  快楽に耐える晃の顔を見てイってしまったことが、一番ショックだった。

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