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十話 嫌じゃないけど

 ザアアアア……。と、シャワーの水がタイルに跳ねる音がする。オレは壁に頭を打ち付け、文字通り頭を冷やしている。シャワーが冷たい。 (ヤっちまった……)  晃のアレに触ってしまった。触られてしまった。平気どころか興奮してしまった。自己嫌悪の真っ最中である。  結局、大浴場の時間は過ぎてしまい、晃となんとなく気まずい気持ちになりつつ、二十四時間解放されているシャワー室にやって来た。晃は「一緒に浴びる?」なんて調子に乗っていたが、冷めた目で見てやるとすごすごと一人でシャワー室に消えた。 (マズイ。大変マズイぞ)  オレはと言えば、非常にマズイ状況になったと、反省中である。ただでさえ嘘だと言えていないのに、キスどころか抜き合いなどしてしまった。  このままでは、取り返しのつかないことになる。  この流れで『実は嘘でした☆ てへぺろ!』なんてやろうものなら、確実に絶縁が待っている気がする。それは嫌だ。オレが馬鹿やったせいで親友を失うなんて、堪えられない。  なんでアイツ、付き合うことに前向きなんだ。全然、キスも余裕じゃん。っていうか、あの感じ、もしかしてエッチも出来ちゃうの? アイツ、オレで勃つの?  ――勃つんだろうなぁ……。  なんかオレもやれそうな気がするんだよな。なんか、晃なら平気な気がする。意外に女の子じゃなくてもヤれちゃうのか。男ってスゲーや。 (しかも晃のヤツ……なんか手ぇ早いんだよな……)  気づけば晃のペースで、何もかも進んでいる。まあ、晃はモテ男なんだろうし、慣れているのかも知れない。  でもオレが相手なんだからさ、少しは躊躇しろってんだよ。 「陽介ー? まだ入ってんの?」  シャワー室の外から、晃の声がする。 「うるせー。考え事してんだよ。邪魔すんな」 「考え事?」  ガチャとシャワー室の扉を開き、晃が覗いてくる。 「覗くなよ!」 「え? お前、水浴びてんの? 何で?」 「考え事してるんだって言ってんだろ。先帰って良いよ」 「……」  先に帰れと言ったのに、晃は唇を結んで眉を寄せると、服を着たままシャワーの中に入ってきた。 「ちょ、おいっ」  晃の手が伸びて、シャワーのハンドルを捻って水を止めた。 「なんだよっ」 「嫌だった?」  存外、真剣な瞳で問われ、思わず息を呑む。晃の指が、頬を撫でた。 「あき……」 「陽介は、嫌だった?」 「――い、嫌とか良いとかじゃ」 「嫌かどうかだけだろ、重要なのは」  強い口調で言われ、グッと言葉を詰まらせる。 「い、嫌かどうかって話なら、嫌では……」  晃がホッと息を吐き出して、オレの身体を抱き締めた。晃の体温が、冷えた身体にじわりと心地よい。 「嫌じゃないなら良いよ」 「あ、晃っ」 「すげえ、冷えてる」  晃は薄く笑いながら、額を擦り付けてきた。切なくなるような笑い方に、胸が疼く。 「お前、濡れるって……」 「……キスして良い?」 「は――」  鼻先を擦り付け、晃が問い掛ける。早く良いと言えと、言われている気がした。 (な、なんで今さら聞くんだよっ……)  選択肢を委ねられ、どうして良いか解らなくなる。晃はじっと、オレを見ていて、「良いよ」の声を待っている。  夜のシャワー室は静かで、他に誰も居ない。いっそのこと、寮の誰かが来てくればうやむやに出来るのに、都合よく現れる人物はいなかった。  このタイミングでネタばらしすることも出来ず、今さらキスが嫌だとも言えず。その上、事実としてオレは、晃とのキスが嫌ではない。 「い……いよ」  ようやく振り絞った声は、異常にか細くて聴こえるか不安な程だった。  晃がフッと笑って、唇に息が掛かる。  ゾクと、身体が震えた。  柔らかい唇が、薄く開いた唇に押し付けられる。  身体は随分冷えていたのに、身体の芯は熱くて、仕方がなかった。

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