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十九話 悪夢

 オレは何故か、ムクドに居た。ポテトを注文すると、晃がニコニコ顔で、「ご一緒にスマイルはいかがですか?」と聞いてくる。 「じゃ、じゃあ、スマイル下さい」  ドキドキしながらスマイルを待っていると、笑みを浮かべていた晃から、スッと表情が消えた。  見たことないくらい冷たい表情で、オレを見下ろす。 「あ、晃……?」 「嘘だったんだ?」  その言葉に、ヒヤリと冷たいものが胃に込み上げる。 「あ、晃っ、オレっ」 「最低だな、お前」  いつの間にかムクドの制服から普段着になった晃が、不機嫌そうにしていた。景色も変わって、街路樹の小路に立つ。晃の腕を、知らない女が手に取った。 「じゃあな。もう話しかけないでくれる?」 「晃、待っ……! あき――」  立ち去る背中に、手を伸ばす。 「晃っ!」  お願いだ。待ってくれ。  せめて、言い訳させてくれ。  せめて、謝らせて欲しい。  けれど、晃は遠ざかる。  そしてオレは――。  ゴン。  後頭部の痛みに、目を覚ました。    ◆   ◆   ◆ 「ベッドから落ちるの、初めてじゃない?」 「あー、うん……」  味噌汁を啜りながら、曖昧に答える。珍しく夢見が悪かった朝、オレはベッドから落下して後頭部を打った。晃が大きな音に驚いて目を覚まし、オレを助け起こしてくれたのだった。 「一緒に寝るとか無理っしょ。なあ、航平」 「あ? そうでもねえよ」 「え。肯定派なの?」  宮脇と航平は、やいやいと朝からやっている。晃は隣で相変わらず心配顔だ。 「本当に大丈夫? 一応、病院行く?」 「たんこぶも出来てねえって。大げさ」  夢の中の晃とは違い、現実の晃はいつも通りに優しい。 (夢で良かった……)  晃の顔を見ると、ホッとする。あんな夢、なんで見たんだろう。晃があんなこと言うわけないのにさ。 「……やっぱり、病院行った方がいいんじゃない?」  晃の声に、航平と宮脇が怪訝な顔でオレを見ていた。 「病院行け」 「うわぁ……」 「は? うげっ」  気づけば、何故かヨーグルトをご飯の上にかけていた。ビジュアルからしてヤバい。 「ぼっ、ボーッとしてただけだって」  病院に行けと言う友人たちに、強がってヨーグルトかけご飯を掻き込む。口の中に広がるコレジャナイ感に、オレは盛大に噎せたのだった。    ◆   ◆   ◆ (なんか今日、失敗多いな……)  ため息と共に、カップ入りのコーヒーを啜る。夢見が悪かったせいか、今日は何をやっても駄目だ。原稿をセットしないで三十枚もコピーしたり、訳の解らん誤字が残ったメールを送ったり(社内宛で良かった……)。  あまりにも集中できて居ないので、リフレッシュをしにカフェスペースへとやって来た。  夕日コーポレーションの福利厚生でやっている、格安のコーヒーが飲めるカフェスペースは、就業時間内も利用できる良い施設だ。休憩も、雑談も、打ち合わせも、ここで行うことが出きる。  外テラスに出て景色を眺めながらコーヒーを啜っていると、渡り廊下を歩く晃の姿が目に入った。  晃とは部署が違うので、こうして遭遇するのは珍しい。  手を振ろうとしたが、掲げた手は途中で行き場を失くした。  晃に、女性社員が声を掛ける。晃はオレには気づかず、そのまま女性と話しながら消えてしまった。 「……」  なんとなく、夢の光景を思い出し、顔をしかめる。  ちゃんとした告白だったら、安心できただろうか。ちゃんとした恋人同士だったら、「オレの男だ」と自信が持てただろうか。  キスをした。触れ合った。  だからなんだ。  結局、オレは晃に、「好き」とも言えていない。  晃は義務感で、責任を持つと言っただけなのに。それにつけこんで、何をやっているんだろうか。 「はあ……」  悩んでも答えなど出るはずなく、オレはコーヒーのカップを握り潰した。

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