29 / 33

二十九話 知ってたよ

 駅前にあるネットカフェは、チェーン店というわけではなく、地元の店が細々とやっているような、小さな店だ。その為、しっかりした設備とは言い難く、パソコンも旧型だしインターネットも速くない。ドリンクバーの種類も少ないので、利用客の目的の殆どは、シャワー目的や仮眠目的だった。  オレは入り口で受付を済ませると、半個室になっている部屋をチラリと覗きながら晃を探した。田舎のネカフェは、平日利用するような人間は少ないらしい。勉強している学生っぽい青年。ノートパソコンに必死でなにかを打ち込んでいる女性。それぞれ目も合わせず漫画を読んでいる若いカップル。そして奥の席に、アイマスクをして仕切りの壁に寄りかかる晃がいた。  ぶん殴ってやりたい衝動を堪えて、膝を叩く。晃がアイマスクをずらして、ぎょっとした顔をした。  オレは親指を立てて、入り口を指す。 「お客さん、ちょっと良い?」 「――っ、陽介……」  どこか観念したような表情を滲ませ、晃は唇を結んだ。    ◆   ◆   ◆ 「タレコミがあってな」 「……」 「どういうつもりだよ?」  店の外に出て、オレは眉を寄せて晃を睨んだ。晃は目を逸らして、顔を歪めている。 「なんで、こんなところに居るんだよ。忙しいとか言ってたくせに」 「っ、それは……」 「オレの話なんか、聞きたくなかったわけ? そんなに……っ」  ジワリ、涙が滲む。胸が痛い。肺から空気がなくなってしまったみたいだ。  そんなに、嫌われてたなんて。 「陽介……、俺は――」 「言い訳くらい、させてくれれば良いのにっ……!」 「っ……!」  晃の顔が歪む。  ああ。  オレたち。これで終わりなんだ。  デート。楽しかった。  キスすんの、好きだった。  手が早くて、エッチで。こっちが戸惑うくらいだったけど。  全部、好きだったのに。 「――知って、た」  晃が、ボソッと呟いた。 「知ってたんだ、俺」 「――は……?」  急に、何を言い出したのか。  晃が両手で顔を覆って、そんなことを言ってきた。どんな顔で言っているのか、解らないが、酷く、晃の声は震えていた。 「なに、が……?」  掠れた問いかけは、届いたかどうか解らない。ただ、晃は絶望したような声で、「ごめん」と呟いた。 「知ってて、黙ってた……。お前が、押しに弱いのも、全部知ってて」  は?  待って。  こいつは、何を言ってる? 「本当は、キスしたら、ネタばらししようと思ったんだ。でも、お前――嫌そうじゃ、なかったからっ……」 「――え?」  ドクドクと、心臓が鳴る。  オレは何を聞かされて、晃は何を言い出しているんだろうか。 (なんで、晃が謝ってんだ……?)  晃が顔を上げる。思っていたより盛大に泣いていて、こっちの涙が引っ込んだ。 「ちょ、ちょっと待って」 「ごめん、陽介っ……、ごめんっ……」 「え? ほわい? なんでお前が謝ってる?」  晃の肩を掴み、宥めるように腕を擦る。泣くな泣くな。この状況に着いていけてないぞ。 「ごめん、陽介。ずっと、好きだったんだ」 「は?」 「嫌いに、ならないで。どこかに、行かないで」  ぎゅう、と抱き締められ、晃の告白が徐々に胸に染み込んでいく。  ドクドクと、心臓が鳴る。冷えきった指先が、炎が点ったように熱くなる。 「す、好き……?」  好きだと、そう言ったのだろうか。聞き間違えじゃないんだろうか。 「別れたくない。お願い。お願いします。もう抱きたいって言わないから。離れないで――」  大の男が、大泣きして、オレに告白をしているように聞こえる。聞き間違いでなければ、晃はオレが好きで。オレと、別れたくないらしい。 「待て、晃。待て。なんで別れる話に――いや、オレもそうなるかもとか思ったけど」 「――別れ話をしたかったんじゃ?」  晃が顔を上げる。イケメンが台無しだ。目も鼻も真っ赤じゃないか。 「いや、オレはお前に謝ろうと」 「は? 何を? 陽介が謝ること何もないよね?」 「いや、オレがイタズラでお前に――」  と、言い掛けて、オレは晃の顔を覗き込んだ。 「知ってたんだな?」 「……うん」  バツが悪そうに目を逸らす晃に、オレは呆れて顔をひきつらせた。  お前、オレの心労を返せ。 「お前、やってるわ」  いっつも、オレのイタズラを上回ってくるのやめろって。

ともだちにシェアしよう!