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プロローグ
もう二度と、運命なんて信じないと誓っていた。
あんなものに振り回されるのは御免だ。目に見えない、確証もない、誰かが決めた勝手極まりないルールになんて縛られたくない。それで自分の心を殺すことになっても。
俺は、運命なんて信じない。
「ザックは相変わらずロマンがないなぁ」
「現実的と言ってください」
「その歳で固いこと言ってたら将来禿げるぞ……いででっ!」
減らず口を叩く我が主人、ルーカス様の髪をきつく縛り上げる。ハニーブロンドの長い髪は何の癖もなく揺れている。
次期国王である相手にこんな手荒なことが許されるのは、俺が側仕えであり、護衛だからだ。そして、もう一つは。
「幼なじみだからって容赦がないなぁ」
「失礼。てっきりまだ寝ているのかと思い、起こさねばと思いまして」
「だからって引っ張ることないだろ! オレが禿げたらどうするんだ!」
まったく。朝からお元気なことで。ついさっきまで眠たい眠たいと毛布にくるまって駄々を捏ねていたくせに。
まだブツブツ文句を言っている殿下の言葉は無視して、今日の髪飾りを選ぶことにした。謁見の予定はなかったし、午後からは屋敷でずっと執務のはずだ。あまり豪奢である必要はないだろうか。
「ザック、あれにしてくれ」
「あれ、とは」
「分かってるだろ? あの赤いやつ」
「……またですか。もう古いものだし、安物ですよ」
「いいんだよ。気に入ってるからさ」
そんな、屈託なく言う横顔に。俺は胸の奥をチクリと刺された気持ちになる。貴方があの髪飾りを大切にしていることは、よく知っていますよ。高価な宝石は適当に転がすくせに、この髪飾りだけはいつも大切に保管していることも知っている。
でも、その理由は知りたくない。知ったところで、俺にはどうしようもできない。俺は、貴方の「運命」じゃないから。
「出来ました、殿下」
「ありがとう。じゃあ、行くか」
「はい」
殿下が椅子から立ち上がる。
鮮やかなマリアブルーのコート、シワひとつない真っ白のシャツ、微かに漂う甘やかな香水。そして、綺麗に纏められたハニーブロンドの髪。
わずかに幼さの残る横顔は極めて端正であり、スラリと高い身長も、恵まれた体躯も、まさしくこの世の頂点に君臨するのに相応しい。
神に選ばれた存在。王権神授説が否定されたこの時代でも、そう思わせるほどの容姿と才能を持って生まれた"アルファ"の王子。
その眩いほどの存在を守るのが、"ベータ"であり、騎士である俺の役目だ。
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