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1章 【9:38】
中庭で剣を振りながら、今朝の夢について思い返していた。幼い頃からずっと見ている夢だ。
俺はルーカスと同じようなハニーブロンドの髪に真紅の瞳だった。身長も今よりずっと高い。そう、夢の中で俺はアルファになっているのだ。
そして、シルバーアッシュの髪にアメジスト色の目をした人、しかも男性を抱きしめていた。髪色や瞳からして、その男性はオメガということがすぐに分かった。
俺は何かを叫んでいる。でも、男性は血塗れでぐったりとしていて、そのうちに周りは火に囲まれ視界が霞んでいき。
そうして、いつも目を覚ますのだ。
なんとも後味が悪い。しかしどこか懐かしく、安心する気持ちもある。不思議だ。あれが一体誰なのかさえ分からないのに。昔から知っているような気がしてならない。
「夢は、夢か」
「何の話だ?」
「……殿下、どうしてここに」
背後の茂みから聞き慣れた声がした。こんなところにやってくるのは庭師か俺か、暇を持て余したルーカスくらいしかいない。しかし、午前中は届いた手紙に目を通すと言っていたルーカスがここに居るとは。
逃げてきたな、この野郎。
「有能な傍付きのおかげで、手紙の確認がすぐに終わったからさ」
「だからと言ってフラフラ出歩くのは感心しませんね」
「フラフラじゃないさ。ちゃんとお前を探して歩き回ってた」
やれやれ。昔からこの人は変わらない。同じ歳に生まれたというだけで遊び相手に任命され、俺が騎士になってからも何かと理由を付けては傍付きにしている。
変わった人だ。
「で、何してんだ? 今日は訓練も休みって聞いてたけど」
「だからと言って鍛錬を怠るわけにはいきません」
「真面目だな、ザックは」
「当たり前です。騎士団の親衛隊は私以外アルファなんです。ベータの私は人の何倍も努力する必要がある」
王を守る親衛隊は、騎士団の中でもより優れた人物が選ばれる。俺はその中でも最年少にあたり、加えて次期王のルーカス専属の傍付きだ。親衛隊は血統で選ばれることは無い。完全に実力主義だ。
しかし、ベータと比べると明らかにアルファの方が優れており、自然と親衛隊はアルファのみで構成される。その中に、一人だけベータの俺がいる。周りから陰口を叩かれるのは必然のことだった。
「私を親衛隊に命じてくださった殿下のためにも、私に失敗は許されないのです」
ルーカスの幼なじみだから選ばれたのだと、今でも言われ続けている。確かに関係だけを見ればそう思うだろう。しかし、ルーカスはそこまで私情に走る人間では無い。
アルファやベータ、オメガと言った固定観念を取り除いて、その人の本質を見ようとする。だから、俺が選ばれた時は素直に嬉しかった。自分の努力が実を結んだのだと思えたからだ。
そして、いやだからこそ、その期待に応えないといけない。彼の選択が間違いではないと証明するために。
「だがなぁ、そんなに根詰めるのも良くないぞ」
「そうは仰いますが」
「その話し方も。堅苦しいし仰々しい。二人きりの時は昔みたいに話してくれって言っただろ?」
「やはりけじめですので、殿下に言われても変えるつもりはありません」
「はーあ、やっぱり頭が硬い! 昔はもっと素直だったのになぁ」
当たり前だ。昔はただの幼なじみだった。何も知らない子供だったんだ。でも今は違う。
ルーカスは次期王で、俺はそれを守る騎士。それを忘れてはいけない。何があっても。
(それに、あの夢……)
気がかりなことは山ほどある。それでも呑気に日向ぼっこを始めたルーカスを見ているとごちゃごちゃしていた思考が少しだけ晴れていくような気がして。
結局俺はこの人に救われているのだと、暖かい陽だまりの中で小さく笑った。
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