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1章 【ジギタリスの月、第二節】
出会いは最悪だった。
街角の、小さな花屋で働くオメガということだけは知っていた。でも、それくらいしか知らなかった。どうして俺がこんなやつと結婚しなければならない。しかも、男だ。
いくら俺たちが「運命の番」だと言っても、同性での婚姻はそう多くない。多くのアルファは好んだ異性と婚姻を結び、内縁という形で運命の番を作る。俺の父親もそうだ。
だから、自分がアルファと知った時もそんな未来を辿ると思っていたのに。
「あなたが、アスラン?」
「……そうだ」
「はじめまして、僕はルーク。これからよろしくお願いします」
にこりと屈託なく笑う様にも腹が立った。どうしてお前はそう簡単に受け入れられるんだ。政略結婚とも言えない、お粗末な婚姻なんだぞ。
いくら俺が地主の息子とはいえ、相続権は兄が全て握っている。俺と結婚したってこいつになんの得もない。強いて言うなら「運命の番」というやつなんだろうが、果たしてそれもどこまで本当なのか。
「アスランの部屋は二階の奥、突き当たりです。僕はその隣」
「分かった」
「必要なものは昨日までに全部届いたけど、荷解き手伝いましょうか?」
「結構だ。俺一人で片付けられる」
半ば屋敷を追い出されるようにこの家にやって来た。いつもギスギスして息の詰まるあの屋敷にいるよりは多少マシだと言い聞かせる。花屋と併設だから甘ったるい香りはするし、部屋中に花が飾られているが俺には名前の一つも分からない。
分かる気もない。どうせ俺とこいつは形だけの結婚をするのだから。
「そうだ、アスラン」
「なんだ」
視界の、随分下の方から声がした。近づいてみるとルークは俺よりもかなり身長が低いことが分かる。オメガというのは小柄な人間が多いと聞くが、ルークもそうなのか。
それにくりくりとした大きな目も相まってますます幼く見える。本当に俺と同じ二十歳なのだろうか。
「アスランはどんなお茶が好き?」
「はあ?」
「荷解きが終わったらお茶にしよう。あなたの引越し祝いも兼ねて」
本当に。
本当に腹立たしい。
何がお茶だ。何が引越し祝いだ。どうしてこの状況をバカ正直に楽しんでいるんだ!
「いい加減にしろ!」
「えっ」
「お前なぁ、自分がどうして俺に嫁がされたか考えたのか? 俺の親父に、借金を肩代わりしてもらったからだろ? 運命だとか都合のいいことを言われて、それで浮かれてんじゃねぇ!」
部屋の中がしんと静まり返る。腹の奥ではまだぐるぐると感情が渦巻いていた。
こんなの八つ当たりだ。俺ばかり気に病んでいて、引け目を感じて、被害者だと思っていることに対して。ルークも同じ気持ちだと思っていたのに、これからの生活を楽しみにしているような姿を見せられて。
取り残されたような気持ちになったのだ。
それをルークにぶつけた。酷い我儘だと分かっていても止められなかった。
「僕、は」
静寂を打ち破ったのはルークの声だった。少し震えている。泣くのだろうか。それとも、怒り返す? どっちでもいい。そんなことされても俺ではこの現状を変えられない。
でも、ルークが言ったのは。
「僕は、運命じゃなくてもいいと思ってるよ」
「は、あ」
すべてを覆す言葉だった。
「運命じゃないのに僕たちは出会った。運命じゃないのに僕たちは結婚した。それって凄いことじゃない?」
「お前、それ、本気で」
「うん。運命がなんであっても僕たちは僕たちだ。生活は続く。それなら少しでも楽しい方がいいと思うんだ」
全く、なんて奴!
どこまで能天気なんだ!
しかし俺も朝から手続きやらで忙しくしていたせいか、疲れていたのだろう。ルークの言葉に何も返せず、そのまま荷解きをすることにした。
背中越しに「で、なんのお茶が好き?」という質問に「アールグレイ」と素直に返してしまうくらいには。俺も、ルークに毒されていたようだ。
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