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1章 【13:43】
結局、午前中の自由な時間はルーカスによってかき乱されてしまった。本来であれば一人で修練に励みたかったのに。気づいたら関係ないことを話してしまい、あっという間に午後になっていた。
午後からは執務室で書類の整理が待っている。朝のうちに送られてきた手紙への返事や、ルーカスが今取り組んでいる慈善事業の手続きが溜まっていた。全てルーカスがやるわけにもいかないので、予め俺が目を通して必要があればルーカスに回している。
そして、その事務仕事が何よりもルーカスの敵なのだ。
「ザックー……もう飽きた……」
「まだ三十分しか経っていませんよ」
「うええ……」
国のため、民のために何かをしようと様々な慈善事業に取り組むことはルーカスの美点だ。俺にはそこまで出来ない。自分のことと、ルーカスのことで精一杯だ。持てる者の宿命なのかは知らないが、とにかくルーカスは他人のために心を砕く。
その慈悲が向けられないのが、従者である俺だけであるが。
「セント・ロザリア孤児院からお礼の手紙が届いています。後ほどお返事をお願いします」
「この書類が終わったらな」
「いつまで読んでいるんですか。早く終わらせてください」
「うううー……」
反ベソをかきながら、ルーカスが書類をめくっている。その隣で俺は手紙を開いて、中身を確認し、いらないものは暖炉へと放り込む。ただそれだけの作業だが、ルーカスと同じ場所で同じことができる時間が俺は好きだった。
そう、好きなのだ。
俺は、ルーカスと一緒にいることが好きだ。
何をしていても、どこにいても、ルーカスがいてくれたらそれでよかった。だからこそ親衛隊に選ばれた時も、ルーカスを守ることができるんだと一番に思えた。傍付きになった時は、まさしく天にも昇る心地だった。
誰よりもルーカスの近くにいられるのだ。それ以上の幸福がこの世にあるだろうか!
「……拗らせてるな、俺も」
「何が?」
「なんでもありません。それで、書類は読み終わりましたか?」
「うえええ」
我ながらなんて地獄に身をおいているのかと思ってしまう。もし、俺が女だったら少しはこの境遇を好機と捉えるだろう。もしくは男のままであっても、オメガであれば。もしかしたら何かが変わったのかもしれない。
しかし俺は男で、ベータだ。ルーカスとの間に何も生まれないし、始まらない。何があってもルーカスの一番にはなれないとわかっているにも関わらず、最も近くにいることを望んでしまうなんて。我ながら、なんてマゾヒスティックなんだろうか。
「あーあ、昔はザックも優しかったのになぁ」
「そうですか?」
「そうだよ! 話し方とか、距離感とか……なんか、今はよそよそしいっていうか」
ルーカスの言う「昔」というのは、おそらく俺たちがまだ子供だった頃の話だろう。まだアルファとかベータとか分からなかった時。俺たちが、ただ純粋に一人の人間として向き合えていた頃。
その話をしているんだろう。
「殿下はそちらをお望みなんですか?」
「そうだよ! だって、殿下、だなんてさ。くすぐったい気分なんだ。昔は普通に「ルーカス」って呼んでたのに」
「俺も幼かったのです。お互いの立場が理解できていなかった」
「むー……」
この国では、十五歳の誕生日を迎えたら全員第二次性の検査を受ける。基本的には生まれた持った髪や目の色で判別できるが、中には後天的に変わる人もいるため、念のために検査をするのだ。ルーカスは生まれた時からハニーブロンドの髪に赤い瞳という、典型的なアルファの特徴を持っていた。検査の結果はもちろんアルファ。満場一致で王位継承第一位に選ばれた。
そして俺は、灰色がかった暗めの髪というベータの特徴を持って生まれた。しかし、瞳の色だけは親の誰にも似ていなかった。生まれた時から俺の目は、ルーカスと同じ赤色だったのだ。髪の色も、目の形も、両親によく似ていた。なのに目の色だけは誰にも似ていない。しかもアルファの特徴を持っている。
一体自分は何者なんだろうかと不安にさえなった。そして、どうやってもオメガになれないことに絶望した。その時からだ。俺がルーカスと距離を置こうと決めたのは。
この暖かくて幸福な地獄は、その時からずっと続いている。
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