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1章 【ジギタリスの月、第三節】
ルークとの生活が始まって、一節が過ぎた。相変わらずルークは朝から晩まで働いている。結婚したら多くのオメガは家に引きこもるというが、どうやらルークは違うようだ。
自分で働き金を稼ぐのは貧しい人々の典型だ。俺は今まで外に出て働いたことがない。そんなことをしなくても、自然と金が入っていた。
しかしここでは違う。俺も、ルークと同じように働く必要がある。そのことも俺のストレスになっていた。
「アスラン、ラッピングペーパー取ってくれる?」
「どれだよ」
「そこの、ほら、青色の」
示された方を見ると、確かに様々な紙が並べられていた。これがラッピングペーパーというのか。しかし取ってくれと言われても、どう取ればいいか分からない。
真ん中の筒状になっているところには棒が通され、壁に取り付けられている。取ろうと思ったらとんだ大仕事になるぞ。くそっ、どうしてアルファの俺が、こんな面倒なことをしないといけないんだ。
「おいルーク! どうすんだ、これ」
「えっと、普通に引っ張ったら取れるけど」
「普通にだぁ……!? お前、どんだけ無茶苦茶なんだよ!」
苛立ちのまま言葉を吐き捨てる。それを聞いたルークは一瞬だけ苦しそうに眉根を顰め、その後何事も無かったかのように紙の端を掴んだ。
そうして、そのままスルスルと引っ張り始める。まるで魔法のように紙が引き出されてきた。
「こうするんだよ。簡単だろ?」
「……ちっ」
子供に言い聞かせるような口ぶりにまたイライラして、隠すこともせず舌打ちをした。今日になってこれでもう三回目だ。ルークに何かを教えてもらうのは。
一回目は会計の仕方、二回目は挨拶の仕方、そして、三回目が紙の取り方。まるで俺の方がルークよりも劣っているかのような気分になる。
「僕も最初は苦手だったんだ。少しずつ覚えていこう」
「くそっ……!」
まさかオメガにこんなことを言われるだなんて。アルファはどの性よりも優秀だと言われているのに。
やっぱり俺は落ちこぼれだったか……?
「アスラン、落ち着いたらお茶にしよう。この前美味しい茶葉を貰ったんだ」
俺の憂いなど気にもとめず、ルークは相変わらず呑気なことを言ってきた。考え込んでいるのが俺ばかりで馬鹿みたいだ。
そもそも、どうしてルークはこんなにも前向きに生きているんだろう。アルファの俺がこんなにも悩んでいるというのに。
「お前は」
「ん?」
だから、腹が立った。
どうして俺ばかり。オメガのお前ではなく、アルファの俺の方が苦しんでいるんだ。
どうして、お前は。
「いっつも、そうヘラヘラしていられるんだ!」
「アスラン……?」
俺の知っている「オメガ」というのは、いつも被害者の立場だった。悲劇的な道を歩んでいた。発情期を向かえると誰彼構わず誘惑する。特にアルファには毒ともいえるほどのフェロモンを撒き散らし、中には同意のない性行為を強いられることもあると聞く。
そして、その度にオメガは被害者ではなく、加害者として扱われる。フェロモンを撒き散らしてアルファを誘惑したとして。
だから俺にとってオメガというのは「弱くて頼りない」存在だった。ましてや、アルファの俺に何かを教えるだなんて。
有り得ないんだ。俺にとって。それなのに。
「お前は……何が楽しくて笑ってるんだ、どうやってもオメガであることには変わらないってのに」
「生きてるから」
「は?」
花の入ったバケツを抱えたルークが、ふわりと笑った。その横顔が、淡い光に照らされて美しい彫刻のように見えた。
「オメガだろうと僕は生きてる。だから笑う。それだけの話だよ」
「意味、わかんねぇ」
「うん。それでいいよ。でも覚えてて。僕はアスランと一緒に仕事が出来るのが嬉しい。一緒に暮らせて嬉しい。アスランが笑ってくれると、もっと嬉しい」
「……なんだよ、それ」
そんな真っ直ぐな言葉を向けられ、俺は何も言い返せなかった。なんなら先程まで抱いていたイライラした気持ちも消えていた。
やっぱり変だ。こいつ。
でも嫌じゃない。
なんだか少しだけルークと過ごすこの時間が暖かく感じた。
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