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第1話

 恋人である包文維(ほう・ぶんい)と同棲を始めた唐煜瑾(とう・いくきん)は、上海でも有数の名門・唐家の「深窓の王子」として、毎日が新鮮で、勉強の日々だった。  今日も、1人で留守番中に、荷物の配達があってドギマギしていた。  配達員とは言え、知らない人との会話に緊張し、受け取りのサインが必要なことも知らず、ムッとした態度を取られて動揺した。 「ふう~」  ようやく荷物を受け取り、配達員が帰り、煜瑾はホッとして大きなため息を吐いた。  それでも、今日も「普通の事」が1つ出来るようになって、煜瑾は満足している。 (文維は…褒めてくれるかな…)  期待を込めて、煜瑾は頬を緩める。  1人で、地下鉄に乗れた。  1人で、スーパーで買い物ができた。  1人で、お留守番ができた。  そして今日は、1人で、荷物を受け取ることができた。  こんな風に、世間知らずだった煜瑾が、「普通の事」を1つずつ出来るようになるたびに、優しい恋人が褒めてくれる。  言葉で、眼差しで、それ以上のことで褒められるのが、煜瑾には何より嬉しく、そんな文維が傍に居てくれることが幸せだった。 「ん?」  荷物は文維宛てのもので、差出人は文維の母からだった。  煜瑾は、文維の母・恭安楽が大好きだった。  幼くして両親を失った煜瑾には、幼少期に思い切り甘やかせてくれた母のことしか記憶にない。煜瑾にとって恭安楽は、そんな母親の優しさしか感じさせないのだ。  高校時代に数回ほど見かけたことはあった。今と変わらない明るくて、若々しく、優しい印象だったが、特に親しく接することは無かった。  だが、文維と煜瑾が一緒に暮らすことになった時、文維は煜瑾を「恋人」として、きちんと両親に紹介してくれた。 「嬉しい~!小敏だけでなく、煜瑾みたいに可愛い子までが、うちの家族になるなんて~。私、とっても嬉しいわ」  大はしゃぎで煜瑾を歓迎してくれた包夫人に、煜瑾は正直、驚いたのだが、父親の包氏までもが、あっさりと2人の関係を認めてくれたことに、さらに戸惑った。  それでも、人を疑うことを知らない煜瑾は、両親からの好意を素直に受け止め、今では家族の一員として認められ、微笑ましい交流もある。 (文維に、お義母(かあ)さまからの荷物?言って下されば、私が受け取りに行くのに…)  煜瑾は、包家の実家に行くのが大好きだ。理由は親友の小敏と同じで、包夫人の作る茶菓子 がとても美味しくて、それをいただくのが何より楽しみなのだ。 「あ!」  その時、煜瑾のスマホが鳴った。  文維がクリニックを終え、今から帰るとの連絡かもしれないと、煜瑾はスマホに飛びついたが、電話を掛けてきたのは別人だった。 「煜瑾ちゃん?元気にしていますか?」 「お義母さま!」  電話の相手は、今、考えていた文維の母、包夫人、こと恭安楽だった。 「まあ、元気そうね。私もうれしいわ」  いつもの明るく、お転婆なお嬢さんのような笑い方で包夫人は応えた。 「あ、はい。おかあ、さま…」  長くこの言葉を使ったことが無かった煜瑾には、少し恥ずかしいのだが、やはり母と甘えられる人がいるのは嬉しかった。 「今、文維に電話をしたら、あと1時間くらいは帰れないのですって。可愛い煜瑾ちゃんが1人で待っているのに、酷い話よね」 「大丈夫です。私は、ちゃんと文維が帰るまで1人で待てます」  素直に答える煜瑾に、電話の向こうで包夫人もクスクス笑う。 「それでね、私からの荷物は届いているかしら?」 「はい!先ほど私が受け取りました」  どこか自慢げな口調に気付いた包夫人は、煜瑾に期待に応えるように手放しで褒めた。 「まあ、1人でお留守番をした上に、荷物まで受け取ってくれたの?これからは、文維のことは、なんでも煜瑾ちゃんに任せておけば安心ね」 「お義母さま…」  嬉しくなって、煜瑾は頬を紅潮させるが、電話の向こうの包夫人には気付かれないで済んだ。 「荷物の中には、うちで邪魔になった、文維の古いモノの他に、私の作ったチョコのお菓子が入っているの」  包夫人の手作りのお菓子が入っていると知り、煜瑾の目が輝く。 「文維は食べてくれないだろうけど、煜瑾ちゃんは、チョコレートも好きでしょう?宛名は文維になっているけど、煜瑾ちゃんが荷物を開封してくれていいの。次回からは、忘れず『唐煜瑾』と連名で書いて送りますからね」  幼い頃ならいざ知らず、自分の手作り菓子に見向きもしない息子より、喜んでくれる甥の小敏や、煜瑾の方がよほどカワイイと思う包夫人である。 「お義母さま、ありがとうございます。今度、お礼に伺いますね」 「嬉しいわ、煜瑾ちゃん。楽しみに待っているわね」  そう言って、包夫人は名残惜しそうに電話を切った。 (そうか~文維はあと1時間も帰って来ないのですね)  恋人の帰りを楽しみにしていた煜瑾は、急に心細くなる。 (お義母さまのお菓子…)  煜瑾はチラリと荷物に視線を送る。 (クッキーとかが、割れているといけませんよね…。ケーキが潰れていたりしても行けないし…)  煜瑾は、必死に自分で自分に言い訳をしながら、荷物の箱に手を掛けた。 (お義母さまも、私が開けていいっておっしゃっていたし…)  ついに、煜瑾は大きな箱を開封した。そして蓋を開け、中を見た途端に、最近ますます磨きがかかっていたと評判の、その美貌を輝かせた。
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