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第3話
「包…老…師…」
ソファの上で、すっかり制服を脱がされ、横たわる煜瑾だが、恋人の腕の中に抱かれているので寒くはない。
自分をしっかり抱く腕を、甘えるように指で突きながら、煜瑾は恋人の望む呼び方をした。
「どうしました?あれでは、物足りない?」
「もう!」
からかう文維に、煜瑾はその腕を軽く叩き、身を起こした。
ちょっと拗ねたような、はにかむような、微妙な笑みを浮かべて、文維を睨んでいた煜瑾だったが、ふいに我慢できずに、ソッとその唇を掠めた。
そんなカワイイ誘惑に、文維も黙ってはいられない。
「本当は、私が足りないのです!」
「きゃ~」
そういうなり、文維は逃げようとする煜瑾の腕を取り、グイと引き寄せた。あっけなく文維の腕の中に引き戻された煜瑾だが、まったく不服はない。
そのまま2人は見つめ合った。
「文維は…いつもステキですけど、今夜の文維は、特に…素晴らしかったです」
恥ずかしそうに、けれど心から率直に言う煜瑾が、文維には愛しくてならない。いつまでも、こんな風に天真爛漫で美しい恋人でいて欲しいと思う。
「煜瑾も、今夜は特に美味しかったですね」
「美味しい?」
文維の表現が気になって、長い睫毛を持ち上げるようにして無邪気な瞳で問い詰めるような煜瑾である。
「母から、チョコレートのお菓子が届いたでしょう?」
「どうして、それを?」
「煜瑾にキスをするたびに、チョコレートの香りがしました。甘くて、ビターで、セクシーな味だ…」
そこまで言って、文維はもう一度煜瑾に深いキスをした。たっぷりと味わった後、優しく煜瑾の頬に触れた。
「母のお菓子の味は久しぶりなので、懐かしく思いましたよ。これも、煜瑾のおかげですね」
文維の言葉に、煜瑾は嬉しそうに微笑み、もう一度、ギュッと文維にしがみ付いた。
「昨日のお菓子は、特別だったのですよ」
「特別?母の得意なブラウニーかと思いましたが?」
「ハズレです」
そう言って、煜瑾はもう一度文維に口づけする。
「どうですか?」
「う~ん、洋酒の入ったトリュフ?」
正解が出るまで、煜瑾は許すつもりが無いらしい。もう一度、甘いキスでヒントを与えた。
「クッキーでは無さそうだし…。もう少しヒントを…」
もう一度、煜瑾の唇を欲しがる文維に、煜瑾は憮然とするが、すぐに笑顔になって許した。
「お義母さまから届いたのは、ハートの形のザッハトルテですよ」
「ハート?母は随分と煜瑾のことを気に入っているようですね」
不可解な表情を浮かべながら文維が言うと、ちょっとむくれた感じで、煜瑾は文維の額を人差し指でツンと軽く突 いた。
「な、なんですか?」
驚いた文維が目を見張ると、煜瑾は拗ねたような顔をした。
「もう、文維は少し忙し過ぎるのではないですか?」
「え?」
煜瑾はそう言うと、素早く身を起こし、包文維老師に脱がされた学校名が入ったシャツを拾い上げた。
「今日が何の日か、すっかり忘れているのですね」
「え?」
あきれた煜瑾はシャツを羽織ると立ち上がった。激しく愛されたせいで、少し足元が覚束 ないのが、文維には堪らなく愛くるしく見える。
「文維に、後悔させてあげますね」
「えぇ?」
何が何だか混乱する文維は、いつもの冷静さも聡明さも失っている。
動揺する文維をよそに、煜瑾はひとりバスルームに向かった。
しばらくすると、煜瑾は真珠色のシルクのパジャマに着替え、文維のもとに戻った。その手には真紅のバラが一輪。
「あ!今日でしたっけ!」
煜瑾は、幸せそうに微笑みながら文維の前に立った。
「愛しています、包文維。ずっと…これまでも、これからも…」
そして、神々しい笑顔を添えて、煜瑾がバラの花を文維に捧げる。
「情人節 …だったのに…」
中国の情人節は、日本のように女性が男性にチョコレートをプレゼントするとうい決まりはなく、男性から女性や、同性同士のプレゼントの交換も行われる。
ただ、一番多いのは赤いバラで愛を誓うことだ。日本の影響で、チョコレートを添えることも増えてきた。
「恋人になって、初めての情人節ですよ」
拗ねたような、寂しそうな煜瑾を、バラを受け取った文維は申し訳なさそうに抱き寄せた。
「ごめんね。君を蔑 ろにするつもりは無いのです。ただ、今日は仕事が…」
情け無さそうに言い訳をする文維の唇に、煜瑾はソッとその爪の先まで美しい指を当てる。
「ここに赤いバラがあって、チョコレートもあって、大好きな文維がいて…。完璧な情人節にはなりましたけど、ね」
これほどに優しくて、賢くて、高貴な恋人がいて、文維も幸せだと思った。
「このバラは1輪しかないけれど、2人のバラなのですね」
文維が言うと、煜瑾も微笑む。
「文維から、欲しいものが1つだけあるのですが…」
「なんですか?」
2人は文維の握る1輪のバラを見詰めながら言葉を交わす。
「愛してるって、言って欲しいです」
慎ましやかな煜瑾の願いに、文維はすぐに答える。
「包文維は、唐煜瑾を愛しています。一生、愛し続けます」
もう一度2人の影は重なり、床には真紅のバラが一輪ふわりと落ちた。
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