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第17話 大魔導師と魔法剣士
魔王城は世界の最果てにある孤城だ。
続く道は細く長い一本道で、高い崖になっている。
落ちれば間違いなく命はない。
崖の下にはドラゴンの群れが生息しているので、落ちてきた人間はもれなく餌だ。
長い道の手前に広がる平原が、人間の国に隣接する場所だ。
細く長い崖を渡るため、人間はどうしてもこの平原でいったん止まり、準備を強いられる。
「だから結果的に、この場所に人間が溜まる構図になるんだよね」
魔王はシャムルを連れて上空を飛んでいた。
平原にひしめき合っている人間は魔鏡で確認した時より数が多そうだ。
足下で蠢く人間を、シャムルが恍惚と見下した。
「平原の地形的にも、小さく纏まる形になるのですね。ひしめき合う姿がアリのようです。これなら簡単に捕縛できます」
シャムルが冷え冷えと笑った。
勝算があるようだ。
「任せていい?」
「勿論でございます」
シャムルが両手を下に向け、魔法を展開する。
ハラハラと雪が降り始めた。
突然、強い視線と魔力を感じた。
足下から大きな火の球が打ち上げられ、魔王はシャムルの腰を抱いて避けた。
「ユリネリア師匠の火魔法です。流石に気付くのが早いですね」
火の玉を眺めるシャムルが何でもないように話す。
しかし、どこか怯えているようにも見える。
(師匠だから仕方ないけどねぇ。子供の頃から知ってるんだろうし)
魔王はシャムルを抱く手に力を込めた。
「氷結魔法を止めるな、シャムル。お前はまだ、我以外を敬うか?」
シャムルが魔王を振り返る。
その顔に蕩けた笑みが上った。
「いいえ、魔王様だけが唯一無二の私の主です。人間は一律で餌。ユリネリアも同様です」
「それでいい。人間を凍らせたら我が空間魔法で食糧庫に転移させる。素早く済ませろ」
「御意に」
シャムルが雪をブリザードに変化させた。
逆巻く氷魔法で人間が次々凍っていく。
勢いが戻ったようだ。
「お前は私の側近だ。誰よりも堂々としていろ」
シャムルの耳を強く食む。
流れる黒い血は甘く薫って魔王を誘う。流れる血を舐めとった。
「あぁ、魔王様……。早く片付けて魔王様に食らい尽くされたい」
震える腰を撫でながら、感嘆で上がった顔に口付ける。
「上手に出来たら褒美をやろう。欲しいモノを考えておけ」
シャムルの唇を貪りながら、魔王はついでのように片手を翳した。
凍った人間を纏めて食糧庫へと飛ばす。
「おのれ、魔王!」
飛んできた人間を空間魔法で閉じ込めた。
鬼の形相が魔王を睨んでいる。
「ユリネリア……」
呟いたシャムルの腰が引けている。
(やっぱ怖いか。大陸一の魔導師ってことは、人間の中で一番魔法が強いってことだろうからなぁ)
ユリネリアの目がシャムルに向いた。
「シャムル殿下、何故、貴方が魔王の隣にいるのです。貴方は魔王を討ち取り、その首を母国に持ち帰るべき御立場のはず。民を守るべき魔法で民を傷付けるとは、何たる愚行! 王族としても私の弟子としても、恥を知りなさい!」
ユリネリアが魔法を展開して、魔王の空間魔法を壊そうとする。
逃げるシャムルの腰を魔王が抱いた。
「シャムルは既に人ではない。心臓を喰らい、魔族の核を与えた。もう立派な魔族だ。お前の知るシャムルは、死んだ。ここにいるのは魔王の側近だ」
シャムルの髪を掬い、口付けて、体を抱きしめる姿をユリネリアに見せ付ける。
ユリネリアの顔が怒りに歪んだ。
(怒った顔、いいなぁ。ちょっと残念なのは、歳とっちゃってるくらいかなぁ。魔王的に人間は三十くらいが見た目的にも体力的にも好きなんだよねぇ)
五十を優に超えていそうなユリネリアの風貌は、顔の皺以外は若い。
魔力が高いから体力は衰えていないんだろう。
(若返らせて遊ぼっかなぁ)
ワクワクしながら考える魔王の腕の中で、シャムルが震えていた。
「ユリネリア、私の理想も価値感も理解できないお前に、私を罵る資格などない。今の私は大国の皇子ではない。敬愛する魔王様の側近であり奴隷だ。お慕い申し上げる方に寄り添うだけの魔族だ」
シャムルが手を翳す。
下から飛んできたもう一つの魔力を空間魔法で封じ込めた。
「くっ、シャムル! 俺を忘れたか? 目を覚ませ、シャムル! 魔王の魔術は俺とユリネリア様で解いてやる。ともに国に帰ろう!」
「あれがスカラ?」
空間魔法に閉じ込められた男は筋骨隆々の体に光魔法を纏っている。
「ヘル兄様ほどではありませんが、スカラも光魔法の使い手で、魔法剣士です。正義感の強い性格は暑苦しいし、ある意味でヘル兄様より鬱陶しいです」
心底嫌そうな溜息がシャムルから漏れた。
(ふぅむ。この遠征騎士団、魔王を討ちに来たっていうより、シャムル達三皇子を取り返しにきたっぽい)
足下の凍った人間を転移させながら二人を眺める。
ユリネリアの強い目が魔王を睨んだ。
「許さんぞ、魔王。私が最も手塩にかけて育てた弟子を道具のように扱い嬲るなど。必ず返してもらう」
ユリネリアが手の中に炎の魔力を膨らませた。
(あ、マズい。体が傷付いちゃうな。早く持って帰ろ。ランドールも待ってるし)
魔王は指を鳴らした。
ユリネリアとスカラの姿が消えて、魔王城の玉座の間に飛んで行った。
「戻るぞ、シャムル」
不意に覗いたシャムルの顔が、魔王を見上げている。
不安そうに歪む顔が可愛かったので、唇にがっついた。
「何があろうと貴様は私のモノだ。忘れるな」
「はい、魔王様。この命尽きるまで、私は魔王様の所有物でございます」
シャムルがずっと不安そうなので、たまには好きって言ってあげようかなとか考える魔王様なのでした。
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