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第4話 生還
小さな田舎の島国、ユーリオーリの南の端に浮かぶジオル島、大国から送り込まれた6千の軍隊に対し、こちらから送り込まれたのはおよそ1万5千人。連隊が3つの師団であった。
ユーリオーリ国陸軍第二師団、率いていたのはラウド中将、そして3つの連隊長は1からコマゴイ少将、ハヤナ少将、セト准将。
長い年月を掛け|培《つちか》われたユーリオーリ国民の「平和ボケ」は、この戦争の深刻さすらも気付かせないほどに進行していた。どこか未だ夢心地の兵士をいくら送り込んでも、道端の小石ほどの足止めにさえなり得なかったのである。
人数差を物ともしない圧倒的な戦力差にユーリオーリ軍は間も無く敗走へ転じ、統率力を失い、|潰走《かいそう》、遂にはその半数以上をジオル島に残し、本土へと逃げ戻った。
第一連隊以下全大隊、そして第二連隊の第三大隊、第四大隊、計8300人ほどが逃げ|仰《おお》せ、司令部を失い残された6700人余りは混乱の中バラバラになり全滅……ただ2人の捕虜を除いて。
いちが目を覚ましたのは知らない船の医務室だった。
「……ここ、は……」
体を起き上がらせてぐらりと傾く。酷い目眩がした。
『起きましたか』
異国の言葉だった。思わず身構えるいちに、現れた医師風の男は柔和な笑みを見せる。
『大丈夫ですよ』
言葉はわからないが敵意が無い事はなんとなく理解できて、いちはホッと肩を落とした。
「俺、どうなるの」
通じないとわかっていながらいちは尋ねた。不安で仕方がなかった。
医師は首を傾げて困ったように笑うといちの体を調べ始める。簡単に脈を測り、血圧を調べ、熱が無いか見て、それで終わり。|徐《おもむろ》に立ち上がると窓辺のカーテンを少し開けて外を確認し、念入りに閉めてから部屋を出て行った。
「医師や研究者に捕まると調べられて解剖されて、実験体に使われる」と聞いてビクビクしていたいちは今度こそ本当に大きく息をついた。そして、早く誰もいない間に抜け出して、仲間の遺体を焼かなければ。そう考えた。
だがどうにも体が動かない。呻いているとそのうち扉が開かれた。
「いち」
入ってきたのはアラタだった。
いちは隣に立ったアラタに藁をも掴む気持ちで縋りつく。
「少尉さん!この船のどっかにきっと仲間が乗せられてる!その遺体を…っ」
ガッ、と雑に額を押さえつけられていちはベッドに沈んだ。アラタは呆れたようため息を吐いて「いいか」とわざとらしく人差し指を立てた。
「まず、落ち着け」
いちが半開きだった口を閉じたのを確認してから更に続ける。
「ここは敵軍の船の医務室、さっきの彼はシオズ軍医中佐、そして第五部隊の連中は立派に戦死したものであり、それ以上の辱めを受けるべきではない」
「う、うん」
よくわかっていないいちにアラタは笑いかけてその頭を撫でた。
「お前が心配することは何もない。中佐に感謝するんだな」
そうして部屋を出て行こうと歩き出す。いちはその背中を見ながらぼんやりした頭で「なんだ、この人、あんな風にちゃんと笑えるのか」とおよそ関係のないことを考えていた。
「ちゃんと寝ておけよ。日に当たって弱ってんだ、お前」
そのままいちはウトウトと眠りに落ち、アラタの言葉は最後まで届かなかった。
捕虜生活は短かった。
いちを不憫に思ったシオズ軍医中佐の計らいだったが、彼にそれを知る由などなく、中佐がその後どうなったのかは、|殊更《ことさら》に関わらぬ話題であった。
本土へと向かう自国の船の中、カーテンを少し開けて小さくなって行くジオル島を見つめながらアラタは呟いた。
「なんか、五回は死んでた気がする」
「合わせて十階級特進だね、軍帥越えだ」
「生意気」
シャッとカーテンを閉めて振り向いたアラタは不機嫌そうな顔を作りつつ、その表情は柔らかい。
「ほら、寝てろ」
顔色の悪いいちを気遣ってアラタは毛布を寄越した。
「大丈夫だってば」
「ニンゲン様の言うことは聞いとけっつーの」
何気無く発せられたその言葉にいちは黙り混む。アラタは全く悪気のない様子で「どうした」と尋ねた。
「俺は……俺も、ニンゲンだ」
弱々しく返された言葉にアラタはドキッとした。それから間も無くして酷い自己嫌悪が襲ってくる。そして下手な慰めの言葉をいくつも脳裏に浮かばせては唇を噛み苛立った。
「……悪い。失言だった」
結局謝るしかない。根底に植え付けられた差別は、本人にはそうと気付かせずに相手を傷つける言葉を言わせてしまう。
いちを人間じゃないとまで思っているつもりなどなかった。だが、ヤモクは"自分とは異なるもの"だとはずっと感じていた。「俺もニンゲンだ」と言ういちの言葉は酷く重かった。
国民からの批判は酷いものだった。降伏もしないままに大量の兵士を見捨て、無駄に死なせ、ノコノコと逃げ帰ったのは全てが貴族出の将軍であったからだ。
平和ボケした能無し共はこの批判の波を受けて生還したアラタを慌てて少佐に任命し、いちに関しては"無かったこと"にされた。
それに1番激怒したのはアラタであったが、その感情さえ自分の差別を誤魔化す為の「偽善」に感じられて嫌気がさした。
「何が『戦場に残り生き残った英雄』だ、戦場に残されて命からがら生き延びたの間違いだぜ」
あらゆる感情からハラワタが煮え繰り返る気持ちでアラタは実家へ向かった。
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