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第7話 言い争い
「輜重(しちょう)部隊に?」
アラタは聞き返した。それはいちを輜重部隊に入れるという話だった。
「ああ、彼もそうしたいと」
「しかしミコト中佐殿!」
アラタは食い下がった。
――俺は、いちと共に戦いたい。
あの死の闇の中で手を引いてくれたいちの力強さは隊に必要なものだ。そう信じて止まなかった。
「落ち着いて考えてみなさい、少佐。私は彼がヤモクだからと差別する気も、特別待遇をするつもりもない。ただ、彼が一兵士としてどういった仕事を任せられるのが最適か考えているだけなんだ」
諭(さと)されてもアラタは納得できなかった。
――何故、いちを輜重部隊"なんか"に。
それも、やはり本人には無自覚の偏見であった。
輜重部隊とは、兵站(へいたん)を主に担当させられる、ユ国陸軍における後方支援兵科のひとつであった。兵站というのは戦闘を続けて行くのに必要な支援全般を指す。
これといった定義がないのがある意味の特徴であるが、新たな武器が生み出され戦術が変わってもいつまでも変わらないであろう"支援"といえば、食べ物であろう。空腹を抱えて戦い勝てるものか。
身を清潔に保ち病を予防するために衣服も必要かもしれない。もちろん弾薬も要るだろう。
輜重部隊はそういった物資の支援を行い、戦線を支える重要な役目を担っているということだ。もちろんその"支援"は物資ばかりではなく、負傷者の救出なども含められている。
しかし、どうしてアラタはそんな輜重兵を差別するのか。それはヤモクと同じく"兵站という概念"がこのユーリオーリにおいて長い期間"当然のように"冷遇されて来たからだった。
この国には、生存戦略などするくらいなら、潔く散るべきだとする国民性が根付いていた。それがこの国の常識だった。
しかしミコトは兵站の重要性を理解し、生き残ろうとする戦術を好んだ。それでもまだまだ世間はそうではない。
輜重部隊といえは"無能の行く場所、左遷先、兵士ではない"とまあ、言いたい放題言われ、蔑まれて来た。アラタはただでさえヤモクであるいちをそんな輜重兵にはしたくなかったし、自身もやはり輜重部隊を正当な理由もなく、ただ"そういうもの"という思い込みにより厭(きら)っていた。
「いち!」
「来ると思った。文句なら聞かない」
部屋で待ち構えていたいちはピシャリとそれだけ言って話を聞く気は無いと布団に潜り込んだ。
「いち、ちゃんと話をしよう」
「聞きたくない」
いちはアラタが世間の偏見や差別に流されやすく、そしてその上流されている自覚すらない性格が嫌いだった。
何も知らずにいた自分にミコトは対等な考えで以って兵站という概念を教えてくれて、いちは自ら輜重部隊についての話を聞き、転属を希望したのだ。
周りの意見など関係ない。自分の能力はそこでこそ発揮されるべきだと確かに思えたからそうしたのだ。だがこの剣幕で帰宅したアラタはどうか。
世間一般的な"常識"を掲げて理不尽にも説教さえ始めようとしている。
「いち、あのな…」
「聞きたくないってば!!もう決めたんだ!」
これ以上、幻滅したくなくて遮った。
「あんたの部隊に入隊させてくれたことには感謝してる。こんなはみ出し者の俺を…」
アラタはどうしようもなく憤(いきどお)ったが、それ以上何も言いはしなかった。気まずい空気だけが二人を包み込んだ。
出動命令が出たのは翌日の夜だった。
明日の朝に戦地へ向かうと指示を受け、いちは夜の内にと他の兵士たちより一足先に船に乗り込んだのだ。アラタは自室で眠っていた。起こさずに来たのは結局口論になってしまった気まずさからか。
いちは静かな船の中でいろんなことを考えた。ジオル島で死んだ仲間たちのこと。自分を対等に扱ってくれるミコトのこと。敵軍にも関わらず庇ってくれたシオズ軍医中佐のこと。
仲間と共に死の戦場跡に残ったイクサ二等兵のこと。そして、自分に対して差別意識を抱いているくせに、必死で守ろうとしてくるアラタのこと。
不安でいっぱいだった。
泣きたいわけでは無かった。だがいちはとめどない感情に押し潰されそうになって、一人、膝を抱えて泣いた。挨拶もなく出てきたくせに、やっぱりどうしようもなくアラタに会いたかった。
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